立本寺 (りゅうほんじ) 桜で地元の憩いの場

立本寺1 / 京都ブログガイド

立本寺

 

七本松通中立売下ル、

北野商店街のすぐ近くにあります。

 

裏の墓地には

関ヶ原の戦いで奮戦した

島 左近 」のお墓があります。

 

桜で地元の憩いの場

 

立本寺は、隠れた桜の名所です。

境内にはそこかしこに桜があり、

地元の人の憩いの場になっています。

 

おじいちゃん・おばあちゃんが

日向ぼっこがてらに花見をしています。

 

一昨年までは、

幼稚園が横にあって

子供の賑やかな声がしていましたが

今は、老人ホームが建っています。

 

立本寺2 / 京都ブログガイド

 

境内へと続く参道。

満開の桜のトンネル状態です!!

 

頭を下げて通りながら

境内へと向かいます。

 

立本寺3 / 京都ブログガイド

 

境内のあちこちに

ソメイヨシノが咲いていて

華やかの一言です。

 

本堂前の枝垂れ桜は、

遅咲きなのでまだ咲いていませんが

これが咲いたら、

さらに、華やぐでしょうね。

 

立本寺5 / 京都ブログガイド

 

立本寺は、

少し雑然とソメイヨシノが

植えられていますが

そうゆうことも、

満開の桜が

脳裏から取り払ってくれます。

 

地元民だけで、

観光客はほとんどいないので、

オススメの桜スポットです。

 

立本寺について

 

立本寺4 / 京都ブログガイド

 

立本寺は、

日蓮宗の本山で、具足山といいます。

 

創建についてははっきりしませんが、

宝永五年(1708)に

火事で本堂などを焼失した後に

今出川寺町から

現在地へ移転してきました。

 

島 左近

 

島 左近は、関ヶ原の戦いで、

大奮戦した武将です。

 

本名は、

清興( しま きよおき )とも

勝猛( かつたけ )とも

言われていますが、

 

通称の ” 左近 ” が一般的です。

 

「 三成に過ぎたるものが二つあり、

島の左近と佐和山の城 」

 

と言われるほど、

高名な武将でした。

 

関ヶ原の戦いでは、

小早川秀秋の東軍への寝返りにより、

西軍が不利になる中、 大奮戦し、

 

最後は、

黒田長政軍及び田中吉政軍に突撃し、

銃撃により討ち死したと

伝えられています。

 

島 左近の勇猛さ ・ 恐ろしさは

尋常ではなかったらしく、

特に左近を討ち取った

黒田長政軍の兵士たちは、

 

関ヶ原から数年が過ぎても

戦場での悪夢にうなされたそうです。

 

ただし、 黒田長政軍が、

島左近を打ち取った

といわれていますが、

 

実際には、左近の遺体は、

見つかっていません。

 

それどころか、

関ヶ原の合戦後に、

京都で左近を目撃したという者が

数多くいたそうです。

 

一説には、

島左近は関ヶ原の合戦後、

落ち延びて立本寺の僧として、

32年後に死去したとも

いわれています。

 

位牌や過去帳も塔頭に残され、

寛永9年6月26日没などと

記されているそうです。

 

立本寺6 / 京都ブログガイド

 

初めて立本寺を知ったのは、

北野天満宮 から帰る途中に

立本寺の前を通ったことからでした。

 

境内に入ってみると

桜の木がたくさんあったので

春には綺麗になるだろうと思い

チェックしていました。

 

桜の時期に訪れてみると

やはり、”綺麗”の一言でした。

 

立本寺

所在地 : 京都府 京都市上京区 七本松通 仁和寺街道上ル 一番町107




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