若宮通の生みの親
「 若宮通 」 や 「 若宮町 」という名は、
若宮八幡宮 から名づけられています。
知りませんでした !
現在は、
住宅の間に
ひっそりと佇んでいます。
若宮八幡宮について
若宮八幡宮は、
天喜五年( 1058 ) ※1 源頼義が、
御冷泉天皇の勅を奉じて
文武の神、 治山治水の神、
長寿の神として創建しました。
※ 八幡太郎 義家の父
六条八幡とも
左女井八幡ともいわれていました。
平安時代は、
五条大路までが市街地で、
六条の地は、
堀川館をはじめ若宮町に
源頼義、 義家の館がありました。
その東には、
後に源義経が館を構えるなど、
長く源氏の邸宅があったところとして著名です。
「 ※2 拾芥抄( しゅうがいしょう )」には、
「 八幡若宮義家宅 」との書入れがあったり、
「 ※3 古事談 」にも、
「 六条若宮はかつて源頼義が邸宅の家向に構えた堂に始まる 」
とあります。
※2 鎌倉時代に原型が成立した百科事典
※3 鎌倉時代初期の説話集( 神話・伝説・民話など )
源頼義、 義家の尊崇が厚く、
広い境内と立派な社殿を持っていましたが、
天正十二年( 1584 )、
豊臣秀吉による
京都改造事業によって
御旅所のあった東山へ遷され、
さらに慶長十年( 1605 )、
現在地に遷されました。
その当時は、
本願寺( 西本願寺 )の寺域とされていましたが、
江戸時代になって
跡地に町内の住人によって
新たに若宮八幡宮が祀られました。
武家の守護神
八幡神社は、
大分の 宇佐八幡宮 を発祥の地として
京都 八幡の男山にある石清水八幡宮、
鎌倉の鶴岡八幡宮のほか
全国に 約二万五千社があるといわれています。
皇室との関係が深いのはもとより、
源氏の氏神としても信仰を集め、
石清水八幡宮の神前で元服した
源義家が、 「 八幡太郎 」と名乗ったことは有名です。
源頼朝が鎌倉に幕府を開き、
鶴岡八幡宮を関東の総鎮守としてから
武家の守護神として全国へ拡がっていきました。
所在地 : 京都府 京都市 下京区 若宮通花屋町上ル 若宮町
コメント