田中神社 のスゴイところ。実は・・・・、

田中神社 /京都 ブログ ガイド

田中神社

 

「 田中神社 」

東大路御蔭から「 慈永 」へ向かう途中。 なにげなく自転車で住宅街をうろうろしていると、 先の方に神社らしき境内が見えたので行ってみると、 そこが「田中神社」でした。

ということで。 ちょっと、 寄り道。

京都には、 歴史的なエピソードのある神社仏閣が、 何気なくあるのが凄いところ。 実は「田中神社」もそうなんです。



田中神社 田中氏の祖

田中神社を囲むこの辺りは、 田中○□町という町名がいっぱい。

実は、田中神社を囲む地域を昔から「 田中 」といっていて、 田中氏の祖 ”  といわれているそう。

なにげなく、すごい !

全国の ” 田中 ” さんは、 一度はお詣りしておかれては (^^)

叡電「 元田中駅 」

前から「 元田中駅 」って 「 変わった名前やなー。 」 と思っていましたが、 今日で、 なぜかがわかりました。

田中神社を中心にしたこの辺りが、 田中氏の祖といわれているので、 田中の元。

だから 「 元田中 」。 納得 !

田中神社 について

田中神社 /京都 ブログ ガイド

旧山城国愛宕  ( おたぎ ) 郡 ( 現在の京都市北区 ・ 左京区 ・ 東山区の辺り )  田中村の鎮守。

主祭神は、 縁結びと厄除けの神として知られる「 大国主大神 ( おおくにぬしのおおかみ ) 」

四つの ※1 摂社に、 それぞれ「 稲田姫大神 ( いなだひめのおおかみ ) 」、 「 事代主大神 ( ことしろぬしのおおかみ ) 」、 「 倉稲魂大神 ( うかのみたまのおおかみ ) 」、 「 猿田彦大神 ( さるたひこのおおかみ ) 」を祀り、

※2 末社 玉柳 ( たまやなぎ ) 稲荷神社には、 「 稲荷大神 ( いなりおおかみ ) 」を祀っています。

※1 本社に付属し、 その祭神と縁の深い神を祭った社 ( やしろ ) 。 格式は末社より上位。
※2 本社に付属する小さな神社。 摂社に次ぐ格式。

創建については明らかでありませんが、 平安時代の歴史書 「 ※日本三大実録 」の「 貞観 ( しょうがん ) 五年 ( 863 ) 五月二十二日条 」にある田中神 ( たなかしん ) とは、 田中神社のことだといわれています。

※ 清和天皇、 陽成天皇、 光孝天皇の3代である天安2年( 858 )8月から仁和3年( 887 )8月までの30年間を扱う。( Wikipedia )

田中神社 /京都 ブログ ガイド

本殿及び拝殿は、 賀茂御祖 ( かもみおや ) 神社 ( 下鴨神社 ) の式年遷宮の折々に譲り受けてきたものと伝えられています。

寛永 ( かんえい ) 五年 ( 1628 )、 賀茂御祖神社の摂社 比良木社 ( ひらきしゃ ) の旧殿を譲り受けた際は、 銅貨を奉納した記録が残っています。

応仁の乱のときに、 田中神社を中心に「 田中構 ( たなかがまえ ) 」という防壁が築かれましたが、 文明六年 ( 1474 ) に西軍の攻撃で炎上してしまいました。

また、 ※天文法華の乱でも法華衆の攻撃で被災したり、 度々の火災で重要な文書類は焼失してしまいました。

※日本の戦国時代に起きた、京都における宗派間の紛争。 (Wikipedia)

玉柳稲荷神社 /京都 ブログ ガイド

末社の「 玉柳 ( たまやなぎ ) 稲荷神社 」は、 明治十二年に氏子の願いにより、 談合の森 ( 現在の叡山電鉄「 茶山駅 」周辺 )から移されました。

孔雀

クジャク /京都 ブログ ガイド

孔雀が2羽参道横で飼われています。

久しぶりに孔雀を見た。

田中神社 まとめ

「 田中氏の祖 」といわれる田中神社だけれど、 いたってひっそりと、 控え目に田中の地に佇んでいます。

周りは住宅に囲まれ、 地域の静かな憩いの場としても、 愛されているのを感じます。

まー、 田中さんは、 とりあえず行っとこ (^^)




所在地 : 京都府 京都市 左京区 御蔭通東大路東入ル 田中樋ノ口町1

電話 : 0 7 5 - 7 8 1 - 9 2 7 4

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