京都【四方詣り(よもまいり)】節分に平安時代から続く鬼(邪気)のクリーニング
「四方詣り」とは
節分の時期に京の都の四つの神社仏閣を参拝し、一年の邪気を払い、福を招き入れるという平安時代からの風習。
平安京の四方の門(※1鬼門・※2裏鬼門など)を守護する神社仏閣をまわります。
※1平安時代の陰陽道によれば、北東(鬼門)の方角は鬼などが侵入してくる方角
※2北東(鬼門)と反対の南西(裏鬼門)も同じように嫌われる
北東:吉田神社
南東:祇園社(八坂神社)
南西:壬生寺
北西:北野天満宮
ここで一つ疑問が出て来るんだけど、北東(鬼門)と反対の南西(裏鬼門)を回ればOKなんでは?
南東と北西も回る必要があるのか?ということ。

普通に考えれば、北東(鬼門)と南西(裏鬼門)を守れば十分な気がしますよね。
「四方詣り」が四社を巡るのには、「鬼を追い詰めて、完全に京の都から追い出す」という意味があるんです。
鬼(邪気)のクリーニング
もし表鬼門と裏鬼門の二箇所だけだと、鬼(邪気)をブロックすることはできるけど、京の都の中に残ったままの邪気を「外へ追い出す」ことができません。
四方詣りは、いわば「京の都の四方向の神社仏閣を回って、最終的に邪気を一箇所に集めて捨てる」という考え方になっているんです。
昔から四方詣りは「吉田神社」から始めて、締めは北野天満宮。
これは、鬼(邪気)が北東の鬼門から入ってきて、時計回りに移動し、最後に北西から去っていくという考えに基づいています。
つまり、二箇所だけでは「防御」だけど、四箇所巡ることで「完全な鬼(邪気)クリーニング」が完了すると考えられたわけです。
・吉田神社(北東): まず入り口で鬼を迎え撃ち、暴れないように鎮める
・八坂神社(南東)& 壬生寺(南西): 逃げる鬼をさらに追い込み、街の端へと誘導する
・北野天満宮(北西): 最後に残った鬼を、北西の角にある「福部社」に閉じ込めて封印する
ちなみに、古くからの言い伝えでは、四方を逃げ回った鬼は最後に北野天満宮 摂社の「福部社」の中に「閉じ込められ、蓋をされる」と言われています。
吉田神社(北東)
毎年、全国から約50万人が参拝に訪れる京都最大級の節分イベントです。
境内を練り歩く鬼たちや、ずらりと並ぶ約800軒もの屋台、そして豪華景品が当たる「福豆」など、楽しみが盛りだくさん!


八坂神社(南東)
八坂神社の節分祭は、京都四花街(祇園甲部・祇園東・宮川町・先斗町)の舞妓さんの奉納舞踏&豆撒き、日本今様謌舞楽会の今様奉納&豆撒きもあり、めっちゃ豪華。


壬生寺(南西)
900年以上の歴史がある壬生寺の厄除け節分会は、白河天皇の発願によって始められた行事。
本尊の延命地蔵菩薩(重要文化財)の誓願である庶民大衆の除災招福を祈願し、古式にのっとり節分厄除け大法要が行われます。





壬生狂言も行われる。
壬生狂言は、鎌倉時代の円覚上人(1223~1311)が始めたもの。
群衆を前にして身ぶり手ぶりのパントマイム(無言劇)で仏の教えを説こうとしたのが壬生狂言の始まりと伝えられています。
※あとの二つは千本ゑんま堂のゑんま堂大念仏狂言・清涼寺(嵯峨釈迦堂)の嵯峨大念仏狂言
北野天満宮(北西)
学問の神様 菅原道真を祀っているのが「北野天満宮」。
日本全国に約12000社ある菅原道真を祀る天満宮、天神社の総本社です。
北野天満宮の節分は、華やかな舞妓・芸妓の日本舞踊や、迫力ある狂言が楽しめるのが大きな特徴です。


なんで節分に四方詣り?
節分とは暦 (こよみ) での季節の始まりの日 (立春・立夏・立秋・立冬 ) の前日のこと。



豆まきを立春の前日しかしないから、節分って2月の立春の前日だけかと思っていたけど、年に4回もあるんですね。
京都でも「節分祭」は多くの神社で行われるけど、旧暦では2月の立春が新年だったから、立春の前日の節分は今の大晦日のようなもの。
現在でも日本の伝統行事では旧暦を使う場合が多いから、その年の最後の日 (立春の前日の節分) に、厄除けなどでお詣りする習慣ができました。
「四方詣り」が節分の時期に行われるのも、旧暦の大晦日に1年の邪気を払い、気持ちよく新年を迎えるためでした。
【京都の節分行事】
「四方詣り」まとめ
どうでしたか。京の都で平安時代から行われてきた「四方詣り」。
昔の人は現代人が思う以上に鬼を恐れていたんでしょうね。



鬼滅の刃みたい。
今年は、平安の昔のように、京都で「四方詣り」をしてみてはいかが。
✓3/19まで「京都美食めぐり」が開催。桜シーズン前の人気企画。


✓3/18まで豊臣ゆかりの神社仏閣が特別拝観可能。






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