松原橋 むかしむかしは、メインストリート。

松原橋1/京都 ブログガイド

 

松原橋 むかしむかしは、 メインストリート。

 

松原橋のある 松原通は、

平安時代には、 五条大路でした。

清水寺の 参詣道でもあったことから、

大変賑わっていたそうです。

 

ここに架かっている 松原橋が、

元々の 五条の橋で、

 

通りの両側に、

見事な 松並木があったことから、

五条松原橋とも、

呼ばれていたそうです。

 

松原橋2/京都 ブログガイド

 

豊臣秀吉が、

方広寺 大仏殿の造営に当たり、

松原橋を 現在の五条通に架け替えて、

五條橋となりました。

 

そのため、

五条松原橋の 五条が外れて、

以降は、

松原橋と 呼ばれるようになりました。

 

ところで、

牛若丸 と弁慶の五条大橋の決闘は、

この松原橋でのことだそうです。

 

私も、

全然知りませんでした。

 

てっきり、

今の五条大橋での

出来事だと思っていました。

 

武蔵坊弁慶

 

紀伊国( 現在の和歌山県 )の出身といわれていますが、

詳細は不明です。

 

若い時に比叡山に入れられますが、

勉強をせず、 乱暴ばかりしていました。

 

やがて、

自ら剃髪して 武蔵坊弁慶と名乗ります。

 

弁慶は、

京の都で 千本の刀を奪うことを決め、

千本まで ” あと一本 ” というときに、

五条松原橋で、 牛若丸と出合います。

 

弁慶は、

牛若丸が帯びていた 見事な刀を奪うため、

牛若丸に挑みかかりますが、

 

鞍馬寺 で鍛えた 牛若丸に敵わず 敗れてしまいました。

その時から、 弁慶は牛若丸の家来となり、

 

文治5年 ( 1189 ) 、 奥州平泉の衣川館( ころもがわのたち )で、

義経が死ぬまで 行動を共にしました。

 

松原橋3/京都 ブログガイド

 

松原橋から 北を望む。

 

松原橋4/京都 ブログガイド

 

松原橋から 南を望む。

向こうに見える橋が、

五条大橋です。

 

 

五条大橋の西詰に、

牛若丸 と弁慶の決闘の石像があります。

 

松原橋は、

伝説を 取られてしまいました。

 

所在地 : 京都府 京都市 東山区 宮川筋 6丁目

京阪本線 「 清水五条駅 」から徒歩 約2分




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