葵祭 2019 色とりどりの平安衣装

葵祭 2019 斎王列 / 京都 ブログ ガイド

葵祭 2019

 

「 葵祭 2019 」

上賀茂神社下鴨神社の例祭。

 

葵祭の行列

 

行列は大きく分けて2つ。

勅使(天皇の使い)列と斎王代列。

 

斎王代の行列

 

葵祭の主役でヒロイン。

身につける衣装は十二単衣で、

 

正式名称は、

五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)

重量は約20kgもあります。

着て座っているだけでも大変そう。

 

斎王代

斎王代とは、斎王の代理。

斎王とは賀茂神社に奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)。

Wikipediaより

 

牛車

 

牛に曳かれて車輪が軋む

独特の音を立てながら牛車が行進。

行列の見どころでもあります。

 

駒女(むなのりおんな)の行列

 

華やかな衣装を着た騎馬の女性。

斎王付きの清浄な巫女(みかんこ)

 

勅使の行列

勅使

葵祭 2019 勅使 / 京都 ブログ ガイド

 

葵祭の行列で一番重要な天皇の使い。

馬の装飾もひときわ見事。

 

葵祭 2018 / 京都 ブログ ガイド

2018年5月15日撮影

 

乗尻(のりじり)

乗尻(のりじり) / 京都 ブログ ガイド

行列を先導する騎馬

 

検非違使尉(けびいしのじょう)

舞人(まいうど) / 京都 ブログ ガイド

 

行列の警備担当。

 

検非違使志(けびいしのさかん)

内蔵寮史生(くらりょうのししょう) / 京都 ブログ ガイド

 

同じく行列の警備担当。

 

山城使(やましろつかい)

山城使(やましろつかい) / 京都 ブログ ガイド

 

山城国を治めていた山城使。

 

風流傘

葵祭 2019 風流傘 / 京都 ブログ ガイド 葵祭 2019 風流傘 / 京都 ブログ ガイド

 

色とりどりの平安衣装

葵祭 2019 従者 / 京都 ブログ ガイド

 

古式ゆかしい平安衣装もいいですが、

目を引くのが、衣装のカラフルさ。

 

葵祭 2019 従者 / 京都 ブログ ガイド

 

女性の着物が多彩なのはわかりますが、

男性の衣装もかなりカラフル。

昔にこれだけ多彩な服があるのに驚き。

 

葵祭 2019 従者 / 京都 ブログ ガイド

 

個人的には「緑色」が好きなので、

この衣装の色合いは大好き。

 

葵祭 2019 従者 / 京都 ブログ ガイド

 

この衣装の紺系の色も地味だけど

落着いていて好きです。

 

葵祭 2019 従者 / 京都 ブログ ガイド

 

ホンマに平安時代にこんな色使いが?!

今から甲子園行くんかい(大笑)

 

葵祭(賀茂祭)行列巡航 午前10:30出発

 

京都御所から始まった行列は、

堺町御門から丸太町通を東進。

 

今年は丸太町通御幸町辺りで見物。

上ル下ル西入東入について

 

平日だったので、

観光客もそれほど多くなく、

ゆったりと見られました。

 

その後、河原町通を北へ。

河原町今出川を超えて、

出町橋を渡り、下鴨神社へ入ります。

 

行列は、一休みして、

午後14:20に下鴨神社を出発し、

下鴨本通を北へ、北大路通、

鴨街道を通り、御薗橋を渡って、

上賀茂神社へ入ります。

 

神話のお話し

 

数千年前に、

天で雷が起こり赤い矢が放たれた。

 

その赤い矢が

賀茂川に落ちて流れてくるのを、

禊をしていた賀茂一族の姫

賀茂玉依比売命

(かもたまよりひめのみこと)が

見つけました。

 

その赤い矢を持ちかえり飾っていると、

赤い矢が持っている力によって、

なんと、寝ている間に子供ができたそう。

 

その後、子供はすくすくと育ち、

 

元服の席で、

「私の父は天にいる神だ!」

と宣言し天に昇ってしまいました。

 

その子供こそが、

上賀茂神社の祭神である賀茂別雷大神

(かもわけいかづちのおおかみ)。

 

悲しみに暮れる母の枕元に現れ、

息子の賀茂別雷大神はこう告げます。

 

「もう一度私に逢いたければ、葵と桂の葉を飾り、鈴をかけた馬を走らせ、立派な祭りをしなさい。」

 

その言葉を起源とするのが賀茂祭(葵祭)

 

葵祭 2018 / 京都 ブログ ガイド

2018年5月15日撮影

 

今でも祭りの参加者は、

葵と桂の葉を飾っています。

 

そして、

葵祭の10日前に行われているのが、

「賀茂競馬」

 

鈴を付けた馬が

境内を疾走する勇壮な祭りです。

 

葵祭(賀茂祭)は、

神となった我が子に逢いたいという

母の願いから始まりました。

 

葵祭(賀茂祭)の歴史

 

実際に、葵祭(賀茂祭)が

行われるようになったのは約1400年前。

 

凶作が続き、

飢饉や疫病が蔓延したために、

時の欽明天皇が命令を下し、

葵祭(賀茂祭)を始めました。

 

源氏物語にも記述がある葵祭(賀茂祭)

盛大に執り行われていましたが、

室町時代中期から次第に衰退し始め

応仁の乱 による都の荒廃のため、

約200年途絶えてしまいました。

 

その後、

戦争等で中止期間がありましたが

昭和二十八年(1953)に

葵祭(賀茂祭)の行列が復活。

 

往時の華やかな雰囲気を取り戻しつつ、

現在に至っています。

 

まとめ

 

京都三大祭の葵祭ですが、

行列の長さでいえば、

祇園祭や時代祭に比べて一番コンパクト。

 

30分もあれば、

最初から最後まで祭りの行列が見られます。

 

その行列の一番の見所が「斎王代」

十二単衣に身を包み、京都御所から

下鴨神社、上賀茂神社へと向かいます。

 

また行列の人々の平安衣装も

とてもカラフル。

ファッションショーさながらの

雅で華やかな色の競演が楽しめます。

 

賀茂別雷神社(上賀茂神社)ホームページ

賀茂御祖神社(下鴨神社)ホームページ




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