京都 歴史 在りし日の面影を偲ぶ。

京都 歴史 源融 河原院跡 / 京都 ブログガイド

京都 歴史

 

「 京都 歴史 」

平安京へ遷都以来, 京都は日本の首都として1000年以上の歳月を過ごしました。 その長い歴史の中で, 現れては消えていった一瞬の輝き。

京都の街角のいたるところに, 今もひっそりと佇む歴史の跡形をめぐるページ。 時の流れに飲み込まれ, 今は面影すらも見られない往時の姿。 そんな足跡を紹介していきます。

源融 河原院跡

京都 歴史 源融 河原院跡 / 京都 ブログガイド

源融 ( みなもとのとおる ) は, 嵯峨天皇の皇子で, 紫式部が書いた源氏物語の主人公 光源氏の実在モデルといわれています。

京都 六条にあった源融の邸宅である河原院 ( かわらのいん ) は, 源氏物語で光源氏の邸宅の「 六条院 」とされていて, 物語ではここで暮らし, 栄達の極みを謳歌する舞台となっています。

実際の河原院はというと, 東西はここから柳馬場通まで, 南北は五条通から六条通 ( 一説には正面通 ) までの恐ろしく広い敷地。 ほんまに広い ! !  ( 下のMapの青紫色で囲まれたところ )

その広大な敷地内に, 宮城県の塩竈 ( しおがま ) の風景を元にして庭園を造り, 兵庫県の尼崎から大量の海水を運んできて, 塩を作って楽しんだそう。

海のない京都で, めっちゃ贅沢な遊びやなー。

河原町五条の西に「 塩竈町 」, 「 本塩竈町 」という町名があるのは, 河原院に塩竈 ( しおがま ) の風景があったことに由来。

そして, この榎の大木が, 河原院にあった森の名残ともいわれています。

源融 河原院跡 アクセス

京都 歴史 源融 河原院跡 / 京都 ブログガイド

京阪電車「清水五条駅」1番出口から徒歩約2分。

京都市下京区木屋町通五条下ル

上ル下ル西入東入について

妙顕寺城跡

京都 歴史 妙顕寺城跡 / 京都 ブログガイド

現在は, 「西福寺」が建っています。 この辺りに, 周囲に堀をめぐらし, 天主もあげた城郭が存在していました。

築城前に妙顕寺というお寺があったことから「 妙顕寺城 」と呼ばれ, 天正十四年 ( 1586 ) に聚楽第 ( じゅらくだい ) が造られるまで, 豊臣秀吉の京都での政庁としての役割を果たしていたよう。

普段は, 前田玄以 ( まえだげんい ) が居住していたけど, 秀吉が上洛すると妙顕寺城が宿舎となりました。

京都 歴史 妙顕寺城跡 / 京都 ブログガイド

押小路通小川西入ル辺りに妙顕寺城があったと考えられています。 この道を真直ぐ行くと, 徒歩約3分で二条城の東大手門。

現在は, 妙顕寺城の跡形は全くないけど, この辺りは「 古城町 ( ふるしろちょう ) 」という名前で, 当時の面影を偲ばせています。

妙顕寺城跡 アクセス

京都 歴史 妙顕寺城跡 / 京都 ブログガイド

地下鉄「 二条城前駅 」2番出口から徒歩約2分。 押小路通小川西入ルにあります。

京都府 京都市 中京区 古城町 370 西福寺前

上ル下ル西入東入について

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