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明智光秀の塚 桔梗の花とともに

明智光秀の塚4/京都 ブログガイド

 

明智光秀の塚

 

先ごろ、明智光秀が、

※ 土橋重治へ宛てた書状で、

新事実が発見か !?

というニュースがありました。

※ 反信長派の現在の和歌山 雑賀( さいか )衆のリーダー

 

ニュースは・・・・ 、

 

明智光秀が、謀反をしたのは、

室町幕府再興のためで、

自らの天下取りのためではなかった。

とのことでした。

 

ただ、

 

よくよく読んでみると、

 

全く新しい光秀の書状が発見されたわけではなく、

 

以前からある

土橋重治宛光秀書状 ( 美濃加茂市民ミュージアム所蔵 )が、

 

光秀本人の書いた書状であると判断される。

 

ということでした。

 

明智光秀の書状/京都 ブログガイド

土橋重治宛光秀書状(美濃加茂市民ミュージアム所蔵)

 

その書状が、

明智光秀の直筆である

ということは新事実かもしれませんが、

 

書状に書いてあることは、

前からわかっていたことなので、

別に新事実だとは思わないんですが ・・・・ 。

 


 

明智光秀は、戦国武将で、

岐阜県可児市明智出身といわれています。

 

一族離散後、苦労の放浪の末、

織田信長に仕えることになりました。

 

朝廷への政治力、戦での統率力などで

織田軍の中で頭角を現し、

近江の坂本に領地を与えられ、大名となりました。

 

その後、

このブログでも最初に書いたように、

 

室町幕府再興のため、

丹波攻略時に人質に差し出していた母親を

信長の命令で見殺しにさせられたため、

同僚が次々左遷させられ、次はわが身かと恐れたため、

四国攻略での信長と※長宗我部元親との板挟みのため、

あるいは、

単に天下を取りたかったため、などの理由が考えられますが、

 

それらが絡み合って、謀反を起こしたのかもしれません。

今となっては、だれにもわかりませんね。

 

※土佐(現在の高知県)の戦国大名。四国の統一を目指したが、信長、秀吉によって阻まれた。

 

 

京都市地下鉄「 東山駅 」から

徒歩約2分のところにあります。

 

光秀饅頭1/京都 ブログガイド

 

白川沿いの左岸を歩いていくと、

餅寅という和菓子やさんが見えてきます。

 

明智光秀の塚2/京都 ブログガイド

 

餅寅の横の小道を約20M入っていくと、

明智光秀の塚があります。

 

注意していないと、

見落としてしまいそうな案内板があります。

私も仕事の帰りに偶然見つけました。

 

明智光秀の塚3/京都 ブログガイド

 

ひっそりと佇んでいます。

 

明智光秀は、

羽柴秀吉との天下分け目の天王山の戦いに敗れ、

近江の※1 坂本城へ逃れる途中に、

※2 小栗栖の竹藪で、最期を遂げたといわれています。

 

※1 滋賀県 大津市 下阪本3丁目1 にある坂本城址公園にあった明智光秀によって築かれた琵琶湖に面する平城。

※2 京都市 伏見区 小栗栖小阪町辺り。地元では、「 明智藪 」と呼ばれています。

 

明智光秀の塚4/京都 ブログガイド

 

その後、家来が、

光秀の首を落とし、

知恩院の近くまで来たが、

夜が明けてきたため、

この地に、

首を埋めたといわれています。

 

明智光秀の塚5/京都 ブログガイド

 

桔梗が一輪だけ咲いていました。

 

明智光秀の家紋は、桔梗です。

 


 

美味!光秀饅頭

 

ところで、

先ほど出てきた餅寅さん。

 

光秀饅頭2/京都 ブログガイド

 

なんと、

”光秀饅頭”を売っています。

 

光秀饅頭3/京都 ブログガイド

 

そっそく購入しました。

ちゃんと、

桔梗の紋が入っています。

 

茶色いのが、

黒糖の粒あんで、

 

薄い緑色が、

抹茶の京風白みそあんです。

 

 

光秀饅頭4/京都 ブログガイド

 

抹茶の京風白みそあんの方が、

あっさり上品な甘さで、

美味しかったです。




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