「 西陣 」
西陣っていう単語は, 「 西陣織 」が有名だから, 一度は聞いたことがあるかも。
この西陣という呼び名は, “西陣織” から由来が来ているわけではなく, 室町時代に, 京都中心部を焼き尽くした「応仁の乱」から名づけられました。
西陣 由来
ちょうど, 京都市考古資料館 前の今出川大宮のバス停後ろに鎮座しています。
初めて見たとき, 「 ぬりかべか ! ! 」 ってつっこみました (笑)
西陣の大きな石碑へは, 京都市バス「 今出川大宮 」バス停下車すぐ。
応仁の乱とは, 西軍と東軍の2つの勢力に分かれて, 10年以上も京都で争った内乱。 この応仁の乱で京都のほとんどの神社仏閣は被災しました。
奇跡的に難を免れたのは, 千本釈迦堂 ・ 三十三間堂 などごくわずか。
京都の神社仏閣を訪ねていると, 説明書きに応仁の乱で被災したことが書かれているところが, 本当に多い。
西陣とは, 一方の総大将 山名宗全率いる勢力が, もう一方の細川勝元の勢力と戦うため, その軍勢の陣地を造ったこと。
堀川通より西に位置していることから, 名づけられました。
そのため, 山名宗全の勢力は西軍, 細川勝元の勢力は東軍と呼ばれるようになりました。
ただ, 西陣というのは単に特定のエリアを指すだけの呼び名で, 実際に地名や町名になっているわけではありません。
でも京都では, 西陣といえば, だいたいあの辺りやなっていうのはわかります。
※西陣 : 北は鞍馬口通, 南は中立売通, 東は堀川通, 西は千本通に囲まれた緑のエリア ( 諸説あり )
西陣 由来の応仁の乱。 2017年で, 550年。
応仁の乱が発生した応仁元年 ( 1467年 ) から, 今年2017年で, 550年がたちます。
応仁の乱について詳しく書いた本が, 発行部数30万部を超えるベストセラーにもなっています。 日本史で習うから, ” 応仁の乱 ” って, 私も含めてみんな知っているけど, 憶えているのは,
「 戦国時代のきっかけになった。 」 , 「 下剋上が始まった。 」
後, 登場人物としては, 西軍の総大将 山名宗全と, 東軍の総大将 細川勝元くらいしか知りませんでした。
西陣と応仁の乱は切っても切れないから, 応仁の乱についても, 調べてみたけど ・ ・ ・ ・ , かなり複雑。
簡単に言えば, それでも複雑だと思うけど ・ ・ ・ ・ 。
室町幕府管領家の畠山氏の跡目争いをきっかけとして, 斯波氏の家督争い, 細川勝元と山名宗全の権力争い, そして, 室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いなどが複雑に絡み合い, ついには2つの勢力 ( 西軍と東軍 ) に分かれ武力衝突してしまい, 京都全域を巻き込んだ騒乱に発展してしまいました。
西陣 アクセス
西陣へは, 京都市地下鉄烏丸線の駅からは遠いため, 京都市バスでのアクセス。西陣の範囲は広いから, 自分が行きたいところによって乗車するバスの系統が違ってきます。
西陣の東端の堀川通 ( 南北の通り ) を通る系統 ・ 西端の千本通 ( 南北の通り ) を通る系統, そして今出川通 ( 東西の通り ) を通る系統。
今回は, 主に堀川通沿いのスポットを紹介しているから, 堀川今出川の交差点周辺のバス停が便利。
堀川今出川交差点にある「 堀川今出川 」バス停へは,
【 京都駅から 】9号系統 ( 約30分 ) ・ 101号系統 ( 約20分 )
【 四条河原町・四条烏丸から 】12号系統 ( 約20分 )
【 四条大宮から 】201号系統 ( 約15分 )
【 三条京阪から 】12号系統 ・ 59号系統 ( 約25分 )
【 京阪出町柳から 】201号系統 ・ 203号系統 ( 約15分 )
西陣周辺の観光スポット
山名宗全の邸宅跡
住宅と住宅の間に佇んでいます。 ここから約50M東へ行ったところにも石碑あり。 ちなみに, ここの町名は「 山名町 」。
下の地図は, 位置関係がわかりやすいです。
南北の通り 「 堀川通 」 を境にして, 西が西陣 ( 西軍 ) , 東が東陣 ( 東軍 ) 。
山名宗全の邸宅跡へは, 京都市バス「 堀川今出川 」バス停下車徒歩約2分。
千両ヶ辻
西陣織で有名な西陣では生糸 ・ 織物の生産 & 取引が盛んでした。 西陣エリアにある大宮通今出川下ル辺りは, 織物の商いが盛んだった当時は, 「 千両ヶ辻 ( せんりょうがつじ ) 」 と呼ばれ, 一日千両の生糸 ・ 織物を商ったことから名づけられたそう。
この辺りは, 京都市の重要界わい景観整備地域に指定され, 呉服商だった家屋も残っていて昔ながらの町並みを楽しめます。
千両が辻へは, 京都市バス「 今出川大宮 」バス停下車徒歩約1分。 ( 堀川今出川のひとつ西のバス停 )
応仁の乱激戦地 百々橋の合戦跡
公園なのか, なんなのか, よくわからないけど, ちゃんと整備されてます。 写真右に映っている小川通には, 裏千家や表千家の会館や, 茶器を売るお店が軒を連ねています。
説明文にもあるけど, 応仁の乱では, 東西両軍の激戦地だったよう。
当時は, ここに小川が流れていて, 実際の基礎になった石が, 当時の面影を偲ばせてくれます。
応仁の乱激戦地 百々橋の合戦跡へは, 京都市バス「 堀川寺之内 」バス停下車徒歩約1分。 ( 堀川今出川のふたつ北のバス停 )
小川通
応仁の乱激戦地 百々橋の合戦跡の前を通っているのが, 「 小川通 」。
この小川通寺之内上ルには, 表千家の不審菴, 裏千家の今日庵が並んであります。 そのためと思うけど, この辺りだけ雰囲気が違います。 石畳風で道が整備され, 町並みと共に, 京都らしい雰囲気を醸し出しています。
花見小路の人混みが嫌だという人には, ここはオススメ ! ! ! !
観光客が少なく, ゆったり静かに, 京都に浸れます。
小川通寺之内上ルへは, 京都市バス「 堀川寺之内 」バス停下車徒歩約1分。 ( 堀川今出川のふたつ北のバス停 )
妙蓮寺
寺之内通堀川西入ルにあるのが, 「 妙蓮寺 」。
墓地には赤穂義士遺髪の墓があることでも有名。 春には染井吉野, 紅枝垂桜, 八重桜と見頃が違う桜が境内に咲いているから, 桜シーズンを通して楽しめる貴重なお寺。そして, 御会式 ( おえしき ) 桜 ( 10月桜 ) という言い伝えも合わせて不思議な桜もあり。
妙蓮寺へは, 京都市バス「 堀川寺之内 」バス停下車徒歩約1分。 ( 堀川今出川のふたつ北のバス停 )
雨宝院
上立売通智恵光院西入ルにあるのが, 「 雨宝院 」。 西陣の聖天さんとして親しまれています。
御室桜と同じ品種の背丈の低い桜がこじんまりとした境内に咲き誇ります。 ほぼ閉ざされた空間に立っていると, 桜の花で上から蓋をされ, 包み込まれているように感じます。
この感覚は他のどの場所でも体験不可。 「 雨宝院 」 でしか体験できません。
この素晴らしいお寺での注意点は, 広くないこと。 なので, 開門直後の9時の訪問がオススメ。 京都の他の桜スポット以上に気にとめておいたほうが無難。
雨宝院へは, 京都市バス「 今出川浄福寺 」バス停下車徒歩約4分。 ( 堀川今出川のふたつ西のバス停 )
西陣にあるラーメン屋
らーめん 彦さく
今出川通大宮西入ルにあるのが, 「 らーめん 彦さく 」。
「 鶏骨白湯こってり 」 はかなり美味しく, このメニューだけでも店がやっていけそうな気がするけど,「 塩ラーメン 」も旨い。
店員さんも礼儀正しく, 気持ちの良い接客。 ラーメンの味も良いし, オススメのお店。
らーめん 彦さくへは, 京都市バス「 今出川大宮 」バス停下車徒歩約1分。 ( 堀川今出川のひとつ西のバス停 )
西陣 まとめ
「西陣」というのは, ただの呼び名で, 町名や地名がないのはちょっと意外。
ただ, 京都には似たような例が他にもあって, 「 先斗町 ( ぽんとちょう ) 」が代表的。 先斗町という町名があるわけではなく, 鴨川と木屋町通の間にあって, 龍馬通 ( 三条通の1本南の通り ) から四条通を少し下がり, 団栗通 ( 四条通の1本南の通り ) の手前で木屋町通に合流するのが, 南北約500メートルの「 先斗町通 」。
先斗町といえば, この先斗町通沿いのことか, 花街としての先斗町をさします。
西陣では, 昔ほどではないけど, 今でも織物関係の会社も多く, 京都らしい町家が軒を連ねるエリアとして知られています。 西陣エリアには, たくさんの観光スポットがあるから, 一度じっくり訪ねてみてはいかが。
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