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木屋町 桜と歴史に彩られた飲み屋街

木屋町 / 京都ブログガイド

木屋町 桜と歴史に彩られた飲み屋街

「 木屋町 ( きやまち ) 」といえば, やっぱり飲み屋街のイメージ。

特に四条通から三条通の間の木屋町には, 飲み屋がひしめき合っています。

鴨川を渡った同じ飲み屋街の祇園とは違い, 学生の街 京都らしい手頃な値段の飲み屋が多く, 夜は多くの人で賑わっています。

正確に言えば, “木屋町通” なんだけれど, 地元の人間は, “木屋町通” などとは言わずに, 単に「 木屋町 」とだけ言います。

目次

木屋町とは

正式には, 「 木屋町通 」。 木屋町通は, 横を流れる高瀬川沿いの, 北は二条通から南は七条通までの約2,8kmにわたる通り。

木屋町通松原下ル辺りからは, やや住宅も目立つけれど, そこより北は飲み屋・飲食店・バーなどが軒を連ねる飲み屋街。

春には木屋町二条下ルの一之船入辺りから五条通までの木屋町通沿いに桜が咲き誇ります。

また, 一之船入辺りから四条通までの木屋町通沿いには, 幕末関係の史跡が数多く点在しています。

木屋町の歴史

木屋町 桜 2020 / 京都 ブログ ガイド

木屋町のすぐ横を流れているのが, 「 高瀬川 」。

今の高瀬川を見てもわかるように, 水深が浅いため, 底が平らな高瀬舟が使われていたから 「 高瀬川 」 という名前が付けられました。

嵐山 保津峡の開発などで有名な角倉了以 ( すみのくらりょうい ) と素庵 ( そあん ) 父子が, 慶長十九年 ( 1614 ) に開いた伏見まで続く物流用の運河でした。

そして, この高瀬川が開削されたことがキッカケでできたのが今の木屋町通です。

木屋町の由来

木屋町 / 京都ブログガイド

京都市中京区の木屋町通三条下ル, 材木町辺り ( 左が木屋町通, 右が西木屋町通 )

江戸時代, 高瀬川沿いの樵木町通 ( こりきちょうどおり 現在の木屋町通 ) には, 材木屋をはじめ多くの問屋が立ち並んでいました。

この材木屋がたくさんあったことが, 「 木屋町 」 という名前の由来になりました。

今でも, 実際に「 材木町 」 という町名が残っています。

なぜたくさんの材木屋があったかというと, 高瀬川は伏見まで続いていて, 伏見を中継点として大坂と物資のやり取りをしていたから。

※龍馬通 ( 三条通の1本南 ) から南車屋通の間と, 四条通から下がった辺りには西木屋町通が横たわる。

舟入

一の舟入 / 京都ブログガイド

木屋町通二条下ル辺りの高瀬川に, 伏見と京都の物資輸送に使われていた「 高瀬舟 」が再現されています。

春には, 桜で彩られます (^^)

※上の写真の中央が, 「 高瀬舟 」。

また, この辺りは「 一之船入 ( いちのふないり ) 」と呼ばれ, 物資の積み降ろしが行われる場所でした。 写真左の赤い柵の向こうに, 下記写真の 『 一之船入 』 があります。

りょーい / 京都 ブログ ガイド

舟入とは, 荷物の積み下ろしや, 舟の方向転換などを行う場所。

高瀬川の四条から二条の間の木屋町に9か所造られていたけど, 一之船入を除いて, すべて埋め立てられてしまいました。

木屋町は飲み屋街

木屋町を一言でいうと, 「 飲み屋街 」。 

三条から四条の間の木屋町沿いには, 特にリーズナブルな飲み屋が多い。

昔は私もよく飲みに行った (^^)

ちなみに, 学生の頃は, 四条木屋町から少し上がったところの飲み屋でバイトもしていました。

鴨川納涼床

五条木屋町~団栗橋 ( 下木屋町 しもきやまち ) , 三条木屋町~御池通, 御池通から北 ( 上木屋町 かみきやまち ) のお店には, 5 / 1 ~ 9 / 30の期間中に, 京都の夏の風物詩 鴨川納涼床を出すところもあります。

木屋町周辺のお店

木屋町周辺のお店を見る

三条から御池通, 御池通から北 ( 上木屋町 かみきやまち ) と団栗 ( どんぐり ) 通から南 ( 下木屋町 しもきやまち ) 辺りは, 大人の雰囲気の飲み屋街。

鴨川納涼床をやっているお店もあります。

三条から四条の間の木屋町に比べて店の数は少ないけど, 京料理から高級中華料理, イタリア料理などなど, ちょっとお高い落ち着いたお店が軒を連ねます。

お洒落して食べに行く街ですね。

幕末の史跡

土佐藩邸跡1/京都 ブログ ガイド

木屋町の二条から四条の間には, 坂本龍馬の寓居跡をはじめとする幕末関係の史跡が数多く存在します。

坂本龍馬の寓居跡として有名な龍馬通木屋町西入ルにある 「 酢屋 」 は, 享保6年 ( 1721 ) に創業した300年以上続く材木関係のお店です。

写真は, 土佐藩邸跡。 木屋町通蛸薬師にあります。

木屋町 2021 / 京都ブログガイド

木屋町は夜の街だけど, 桜の時期だけは, 昼間も華やか。

木屋町二条下ルの一之船入辺りから五条通にわたって, 木屋町通と高瀬川の間に桜並木が続きます。

木屋町へは, 阪急 「 京都河原町駅 」 や京阪 「 祇園四条駅 」 からもすぐのアクセス。

たくさんの人で賑わいます。 ※ 夜も一部区間でライトアップが実施。

木屋町 アクセス

周辺の観光スポット

先斗町

先斗町( ぽんとちょう )という町名があるわけではなく, 鴨川と木屋町通の間にあって, 龍馬通 ( 三条通の1本南の通り ) から四条通を少し下がり, 団栗通の手前で木屋町通に合流するのが, 南北約500メートルの 「 先斗町通 」。

先斗町といえば, この先斗町通沿いのことか, 花街としての先斗町をさします。 京都らしい場所といえば, 花見小路通祇園 新橋と共にあげられるのが, 「 先斗町 」。 本物の舞妓さんも良く見かけます。

先斗町と木屋町通は, 約30mしか離れておらず, この2つの通りは, 京都特有の細い道で結ばれています。 この細い道には2種類あって, 次の通りまで行けない小道は, 「 路地 」 と呼ばれ, 突き当りが袋小路になっています。 そして, 隣の通りまで行ける道は, 「 辻子 (  図子 づし ) 」 と呼ばれています。

龍馬通と四条通の間の先斗町と木屋町の間はこの路地と辻子の宝庫です。 京都ならではの細い道を存分に楽しむことができます (^^)

瑞泉寺 豊臣秀次の墓 悪人イメージは作り話 ? !

三条木屋町の交差点から南へすぐのところにあるのが, 豊臣秀次のお墓がある 「 瑞泉寺 」。 悪人のイメージが定着している豊臣秀次だけど, 本当は, ちょっと違うかも。

瑞泉寺 ( 木屋町通三条下ルすぐ )

三条大橋 3つの意外な歴史とは?!

木屋町三条の交差点から徒歩約1分にあるのが, 「 三条大橋 」。 そして, 新選組がその名を挙げた 「 池田屋事件 」 の時についたとされる刀傷もあります。

歌川広重の東海道五拾三次 「 京師三条大橋 ( Wikipedia ) 」は, 大変有名だけど, 歌川広重は実際には京都へ行っていないのではないか? と疑う説もあり。

周辺のグルメ

名前, 看板はございません

姉小路通木屋町西入にあるのが, 「 名前, 看板はございません 」。

本当に, 看板はございません (笑)

強めの煮干しの風味と鶏ガラを煮込んだスープが美味しいラーメン。 麺も旨いです。

京都ダイニング 正義

お手軽な料金でステーキが食べられるだけではなく, リノベーションされた築150年の数寄屋造りの京町家で食事ができるので, +αの雰囲気の良さを楽しめます。

京都ダイニング 正義 ( 龍馬通木屋町西入ル )

木屋町 まとめ

木屋町 2021 / 京都ブログガイド

写真は木屋町通五条上ル辺り

とにかく, 木屋町のイメージは, 「 飲み屋 」 。

昼間の写真しか載せてないけど (笑)

それと, 桜と幕末。

木屋町の説明をしているけど, 正確に言うと, “木屋町通”。ただ, 京都人の会話の中では, “木屋町通” とはあまり使わず, 単に 「 木屋町 」 とだけ言っています。

「 先週, 木屋町に飲みに行ってきた。 」 っていうように。

上のような使い方だったら 「 木屋町 」 といえば, だいたい三条から四条の間にある飲み屋を指します。

もう少し細かく場所を言いたかったり, 「 ちょっと, ええとこ飲みに行ってきた。 」ってことを伝えたかったら, 下木屋町 ( 団栗通から南 ) 行ってきた。 とか, 上木屋町 ( 御池通から北 ) 行ってきた。 というような言い方もします。

京都 通り

今度京都へ行くときの参考に

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