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圓通寺 後水尾天皇が愛した比叡山の借景を楽しむ名勝 圓通寺庭園

圓通寺 / 京都ブログガイド

圓通寺 後水尾天皇が愛した比叡山の借景を楽しむ名勝 圓通寺庭園

「 圓通寺 」

京都市地下鉄烏丸線の北の終点「 国際会館駅 」そばにある宝ケ池公園の北西にあるのが,「圓通寺」。

比叡山を望む幡枝の山の麓にひっそりと佇んでいます。

目次

圓通寺 案内

圓通寺庭園 

国の名勝に指定されています。

後水尾天皇 ( ごみずおのてんのう ) が比叡山が最も美しく見える場所を12年探し続けていたところ, この幡枝 ( はたえだ ) の地にたどり着きました。

庭園の広さは約400坪 ( 約36㎡ ) 。 周りに何も建物もなく生垣で囲まれているだけ。

遠く比叡山が望める雄大な風景の中に存在しているからそれほど広く感じないのが不思議な感じ。

圓通寺庭園 / 京都ブログガイド

この庭園は畳3枚分後ろから観るのが一番美しいんだそう。

圓通寺の拝観開始の10時以降, 20分位は誰も来なかったから, ひとしきり写真と動画を撮った後は, ボーッとしばらく庭を眺めていました。

圓通寺 / 京都ブログガイド

圓通寺庭園を初めて目にした時に思ったのは, 月並みだけど, 杉の間から遠く見える比叡山が美しいこと。

後水尾天皇が12年も探し続けていただけのことはありますね。

生垣で囲まれた庭の造りが簡素で飾り気がないことも, やはり主役を柱と杉の額縁の中にある比叡山にしたかったんじゃないでしょうか。

圓通寺庭園 / 京都ブログガイド

その柱もよく見ると間隔が違います。

この柱のことにしても, 禅寺にある庭園というよりは後水尾天皇が作庭したことでもわかるように公家の感覚を取り入れた庭なんだそう。

そして, 毎日庭を観ている和尚さんによれば, 右の方から比叡山を入れて眺めるのが一番美しいとのこと。

いくら比叡山が主役とはいえ, それだけでは芸がないため苔と石を配した簡素な庭を造りあげています。

左側に石を配し, 右側にいくにつれて苔に覆われています。

圓通寺庭園 / 京都ブログガイド
圓通寺庭園 / 京都ブログガイド
圓通寺庭園 / 京都ブログガイド

ちなみに, この石は紀州 ( 今の和歌山県 ) の海から運ばれてきたもの。

よくもまーそんな遠いところから運んできたなー。

庭園の石も後水尾天皇自らが置かれたと伝わります。

後ろ髪を引かれるような, 名残惜しさを感じる風景を観たのは久しぶり。

借景について

圓通寺 / 京都ブログガイド

圓通寺の和尚さんが発起人となり, 借景のところにお墓を造ったりして何とかして借景を護る活動をされ, 30年の月日を経てようやく景観保全の法律ができたんだそう。

かなりのご苦労があったそうです。 お疲れさまでした。

でも, まだまだ油断はできないとおっしゃっておられました。

圓通寺について

圓通寺 / 京都ブログガイド

京都市左京区岩倉幡枝 ( はたえだ ) 町にある臨済宗妙心寺派のお寺。

正式には大悲山 ( だいひざん ) 勅願所御幸御殿 ( みゆきごてん ) 圓通院。

本尊は聖観音。 圓通寺庭園 ( 国の名勝 ) で知られています。

元々は後水尾天皇が寛永16年 ( 1639 ) に造営した山荘の幡枝 ( はたえだ ) 離宮。

その後, 延宝六年 ( 1678 ) に霊元天皇 ( れいげんてんのう ) の乳母であった圓光院文英尼 ( ぶんえいに ) が実質的な創建者となって臨済宗妙心寺派の禅寺に改め, 妙心寺10世の景川宗隆 ( けいせんそうりゅう ) にお願いして, お寺の創始者になってもらいました。

後水尾天皇から「 大悲山号圓通寺 」の勅額を賜っています。

また霊元天皇は延宝八年 ( 1680 ) に圓通寺を皇室の勅願所と定め, 梵鐘を納進し, たびたび御幸になられました。

圓通寺 アクセス

京都バス「 西幡枝 ( 円通寺前 ) 」バス停から徒歩約2分。

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