
雨だったということもあって、初めて雨樋にカバーがしてあるのに気が付いた。

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祇園花見小路辺り
京都に来たら外せないのが、祇園花見小路。
道もアスファルトではなく石畳なので京情緒満点。 但し、車も通り観光客も多いので、落ち着かない場合も。 そんなときは、わき道にそれてみよう。 静かで、「ふと」したところに落ち着きが感じられる。 ここは、南北に通る花見小路通の一本西の通り ![]() ![]() 東へ抜ける小道から花見小路通を眺める ![]() 一条戻橋
延喜18年(918)、三善清行(きよつら)が亡くなった時、父の死を聞いた熊野の僧「浄蔵」が京都に馳せ帰ってみると、その葬列は丁度この橋の上を通っていた。
浄蔵が棺にすがって泣き悲しみ、神仏に祈願したところ、不思議にも父清行は一時蘇生して父子が言葉を交わしたという伝説から『戻橋』と名付けられたといわれている。 ![]() また、一条戻橋は、あの世とこの世をつなぐ橋とも言われてきた。 伝説では、安倍晴明の父保名が殺害された場所でもあり、晴明が呪法を駆使して保名を蘇生させた場所とも言われている。 ![]() 現在の橋は、平成7年に新築されたもの。 島原 輪違屋
![]() 輪違屋は、太夫や芸妓をかかえていた※置屋で、創業は元禄元年(1688年)で、300年以上の歴史を誇る。 現在の建物は安政四年(1857)に再建されたといわれるが、その後増改築がなされ、明治四年(1871)にほぼ現在の姿になった。 昭和59年京都市の文化財に指定。 ![]() 現在も営業をしているため、お店の中を見学することは出来ない。 ![]() ※『あげや』と『おきや』があり、『おきや』には太夫、芸妓とよばれる女性達がおり、『あげや』はおきやから太夫や芸妓達を招いて遊宴を行っていた料理屋。 島原 角屋
![]() 角屋は島原を代表する※揚屋(あげや)で明治以降にお茶屋業に編入された後も昭和60年まで営業が続けられた。 角屋の建物は、揚屋建築唯一の遺構として昭和27年に重要文化財に指定。 ※『あげや』と『おきや』があり、『おきや』には太夫、芸妓とよばれる女性達がおり、『あげや』はおきやから太夫や芸妓達を招いて遊宴を行っていた料理屋。 現在は「角屋もてなしの文化美術館」として一般に公開されている。 ![]() ![]() 江戸時代末期には諸大名をはじめ、勤皇の志士たちが、軍用金調達のために豪商を島原に招き、宴会を催したことが伝えられている。 新撰組の隊士も度々島原を訪れ、角屋には彼らが刀でつけたといわれる傷が建物の柱に残されている。 ![]() 島原
島原は、1589年豊臣秀吉の許可を得て柳馬場二条(やなぎのばんば)に開かれたのが始まりで、花街(歌舞音曲の遊宴の町)として栄え、1641年に現在の場所に移された。
度々場所が移されたため、その騒動や人々の様子が、江戸時代の島原の乱に似ていたことから島原と呼ばれるようになった。 島原大門 ![]() 西陣辺り
京都御苑から一条通を抜け堀川通を渡ると、そこが西陣。
京町家が似合う町並みが続く。 ![]() ![]() 西陣では、病院も風景に溶け込んでいる。 ![]() 豆腐の音が懐かしさを運んでくる。 ![]() 「西陣」は、東の堀川通、西の七本松通、北の鞍馬口通から南の中立売通あたりまでの範囲で、 応仁の乱で西軍総大将の山名宗全が堀川よりも西に陣をおいたということが名前の由来。 嵐山 渡月橋辺り
朝晩は、肌寒くなってきましたが、昼間はポカポカとした日が続いています。
今年の紅葉も、予報によれば遅れ気味であるような・・・。 嵐山へ仕事で行ってきました。 まだまだ青葉といったところです。一本だけ色づいている木がありました。 ![]() ![]() ![]() 河原に繁っている草々は、秋の雰囲気。 ![]() ![]() 京都 骨董の街
前日紹介した祇をん新門荘さんの『新門』は新門前通 −しんもんぜんどおり− に由来しています。京都御所一般公開(3)でも触れましたが、今回は骨董屋さんや古美術商で大変有名な『新門前通』『古門前通』−ふるもんぜんどおり−をご案内します。
知恩院の表門前(北西にある華頂短期大学の前)から大和大路通まで続く通りを『古門前通』、その南側にあり東大路通から大和大路通まで続くのが『新門前通』と呼ばれています。 明治時代に京都を訪れた外国人貿易商相手に、骨董品を売ったのが始まりとされています。そのため現在でもこの辺りを通ると、多くの外国人を見かけます。 ![]() 古門前通−東大路東入ル辺り− 新門前通−花見小路西入ル辺り− |