寂光院 大原に佇む静かな尼寺 / 京都 ブログ ガイド

寂光院1 / 京都 ブログ ガイド

 

寂光院 大原に佇む静かな尼寺

 

寂光院は、

推古2年(594)に、

聖徳太子が父である用明天皇の菩提を

弔うために建てられ、

 

本尊の

六万躰地蔵菩薩(重要文化財)は、

聖徳太子が用明天皇の弔いと

万民平和安穏のために

作られました。

 

寂光院3 / 京都 ブログ ガイド

 

文治元年九月に、

建礼門院が住まわれました。

 

建礼門院(平 徳子)は、

高倉天皇の中宮(妻)で

安徳天皇の国母(生母)、

そして、父は平清盛。

 

平氏と源氏の壇ノ浦の戦いで、

平氏滅亡後は、大原の寂光院で

壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇と

平家一門の菩提を弔いました。

 

寂光院 本堂

 

寂光院4 / 京都 ブログ ガイド

 

本堂は、

飛鳥、藤原、桃山の

三時代の様式からなり、

本堂及び柱は、飛鳥、藤原、

及び平家物語当時のもので、

 

本堂外側部分は、

慶長八年にに

豊臣秀頼が片桐且元と共に

工事奉行として修理したものです。

 

寂光院6 / 京都 ブログ ガイド

 

四方正面の池

 

寂光院5 / 京都 ブログ ガイド

 

本堂東側の池。

池の周りは、

回遊できるようになっていて、

どこから見ても正面になるよう

設計されています。

 

本堂西側の庭

 

寂光院7 / 京都 ブログ ガイド

 

後白河法皇が、

「池水に汀の桜散りしきて波の花こそさかりなり」

と詠んだ当時のままです。

 

寂光院8 / 京都 ブログ ガイド

 

千年の姫小松の由来

 

寂光院9 / 京都 ブログ ガイド

 

平家一門の菩提を弔う

建礼門院の元へ

文治二年(1186)四月に、

※後白河法皇の御幸があり、

再び会う機会がありました。

※高倉天皇の父で、壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇は孫。

 

平家物語の「大原御幸」に、

「中嶋の松にかかれる藤波の うら紫のさける色」

と記された松が「千年の姫小松」です。

 

この樹齢千年の名木も

平成十二年五月九日の

放火による火災で痛みが激しくなり、

平成十六年夏に枯れてしまいました。

 

以後は、幹の部分だけを残し、

御神木としてお祀りしています。

 

寂光院11 / 京都 ブログ ガイド

建礼門院御庵室跡

 

苔の緑と杉木立の中に

ひっそりと佇んでいます。

 

寂光院10 / 京都 ブログ ガイド

 

 

寂光院12 / 京都 ブログ ガイド

 

建礼門院と柴葉漬

 

平安時代に

寂光院に住んでいた建礼門院が、

地元大原の人から献上された

夏野菜と赤紫蘇の漬物の

美味しさに感動し、

「柴葉漬」と名付けたそうです。

 

本来、柴葉漬とは、

夏野菜と赤紫蘇を塩漬けにし、

乳酸発酵させた素朴な漬物で、

 

使用される赤紫蘇は大原盆地で

繰り返し栽培されているため、

元品種に近く、香り・品質共に

最上級といわれています。

 

大原女のルーツ

 

建礼門院女官の

阿波内侍(あわのないじ)の姿が

ルーツであるといわれています。

 


 

今回、

寂光院を訪れたのは初めてでした。

 

三千院の後に

紅葉を見るために訪ねたんですが、

 

ブログを書くに当たり

建礼門院のエピソードを知って、

紅葉の美しさだけではなく、

深く印象に残る寺院となりました。

三千院 紅葉と緑の庭のコラボレーション

 

また、

平成十二年五月九日には

放火による火災でほとんどが

焼失してしまうなどの苦難に遭われても

静かにしたたかに歴史を紡いでいる姿に

力強さを感じました。

 

寂光院ホームページ

住所:京都市左京区大原草生町676

電話:075-744-3341

拝観時間:午前9時~午後5時




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