「 宝筐院 2019 」
清凉寺(嵯峨釈迦堂)の目と鼻の先にあるのが「宝筐院(ほうきょういん)」。
近くにあるのでとても有難いですね。 2019年も清凉寺の後に訪問しました。
宝筐院 2019 紅葉 見所
紅葉のモザイク

宝筐院と言えばここの紅葉。 非常に美しい光景が目の前に広がります。
地面の緑と、目の前の楓とドウダンツツジ。赤もあればオレンジもあり。最後の一筆が石畳の小道。一幅の絵画の完成。
2017年に初めて宝筐院を訪れてから、この美しさに感動して訪問しています。
本堂前の紅葉


この辺りは目線の高さに、ドウダンツツジの濃い赤、見上げる位置に楓の紅葉。
間近で紅葉のグラデーションを体感できます。
本堂の中から見る紅葉

宝筐院でのもうひとつの楽しみは、本堂の中から眺める紅葉。

障子が開け放たれており、額縁のなかに描かれているような美しい紅葉を楽しめます。
本堂横の庭

宝筐院のこれまで見た紅葉は、ともすれば「雑然」な感じも。
本堂横の庭は、人の手が加えられて「整然」とした中に紅葉を楽しむことができます。
宝筐院 (ほうきょういん) について
宝筐院は、臨済宗のお寺。平安時代に、白河天皇のよって創建され、当時は善入寺といいました。
南北朝時代に※1夢窓疎石の高弟 黙庵が寺に入り、足利義詮の保護で伽藍が復興されました。
※1鎌倉時代末から南北朝、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧。庭園の設計者としても有名。義詮の没後、その※2院号から「宝筐院」と改められました。
※2 戒名や法名の中で、院の字がついたもので生前から寺院に貢献した人などや、元来は天皇をはじめとする皇族や、将軍家の戒名として用いられていました。
足利義詮と楠木正行の菩提寺
元々足利と楠木は、鎌倉幕府の執権北条氏の支配に対抗し、北条氏を倒すまでは見方同士。その後の南北朝時代に、足利は北朝、楠木は南朝に別れて、敵同士になってしまいました。
そして、足利尊氏が神戸湊川で楠木正成を撃ち、その後室町幕府を開きます。
楠木正行と足利義詮の墓

左が ※3足利義詮(よしあきら)、右が ※4楠木正行(まさつら) の墓。
敵同士の楠木正行と足利義詮の墓が並んであるのには意味があります。
※3 足利尊氏の嫡男で、室町幕府2代将軍
※4 楠木正成の※5嫡男で、大阪の四條畷で戦死
※5 一般に正室の生んだ男子のうち最も年長の子。たとえ長男であっても側室の生んだ子である場合、正室の生んだ弟が跡取りとなることもあることから、嫡男と長男は必ずしも同一ではない。 ( Wikipedia )
両人とも ※1黙庵と関係しています。足利義詮は黙庵に ※6帰依しており、楠木正行は自分の亡くなった後のことを黙庵に頼んでいました。
足利義詮が黙庵から楠木正行の人柄等を聞くにおよび非常に感銘を受けたため、楠木正行の隣に葬ってくれと頼んだそう。
※1 鎌倉時代末から南北朝、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧。庭園の設計者としても有名。
※6 畏敬の念を抱くこと
宝筐院 アクセス
嵐電「嵐山駅」、 JR「嵯峨嵐山駅」から徒歩約16分。阪急「 嵐山駅 」から徒歩約23分。
近くの観光スポット
宝筐院 2019 まとめ
オススメの紅葉スポット ! !
2019年も美しい紅葉を見せてもらいました。
境内に入ってすぐに訪れる光景は美しいの一言。 宝筐院でしか感じることができない体験です。
嵐山・嵯峨野は多くの紅葉スポットがあるけど、宝筐院は外せませんね。
京都 神社仏閣 関連リンク
京都 紅葉スポット
| 所在地 | 京都府 京都市 右京区 嵯峨釈迦堂門前南中院町9 上ル 下ル 西入 東入について |
|---|---|
| 電話 | 075 - 861 - 0610 宝筐院ホームページ |
| 拝観時間 | 9:00 ~ 16:00 ( 11月はPM 4:30まで ) |
| 拝観料 | 大人 : 500円 / 小中学生 : 200円 |
※ 拝観時間 ・ 拝観料等は変更されることがありますので、 寺院にご確認ください。 万が一、 間違っていたとしても、 責任は負いかねます。 予めご了承ください。




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