六道珍皇寺 先祖の霊をこの世へ呼び戻す迎えの鐘

六道珍皇寺 1 / 京都 ブログガイド

 

六道珍皇寺

 

大椿山 ( たいちんざん )

という建仁寺の塔頭で、

地元の人には、

「 六道さん 」と親しまれています。

 

六道とは

 

「 六道 」とは、

仏教の教義でいう地獄道( じごく )・

餓鬼道( がき )・畜生道( ちくしょう )・

修羅道( しゅら )・人道( 人間 )・

天道の六種の冥界のことです。

 

六道珍皇寺4 / 京都 ブログガイド

 

六道珍皇寺がある辺りは、

かつて死者を「 鳥辺野 ( とりべの ) 」へ

※野辺送りする場所で、

「 六道の辻 」と呼ばれ、

現在の ” 轆轤町   (  ろくろちょう  ) ”

の辺りで、この世と、

あの世の境と考えられていました。

※ 遺骸を埋葬地または火葬場まで運び送ること。 この当時は、 風葬地。

 

迎え鐘

 

毎年、

8月7日 ~ 8月10日までの4日間は、

「 六道まいり 」が行われ、

 

ご先祖の精霊を、この世へ呼び戻す

「 迎え鐘 」を撞く参拝者で賑わいます。

 

六道珍皇寺2 / 京都 ブログガイド

 

女性が持っている綱を引き、

「 迎え鐘 」を鳴らします。

 

六道珍皇寺3 / 京都 ブログガイド

 

普段はこのように、

すっぽり収まっています。

 

六道珍皇寺について

 

六道珍皇寺6 / 京都 ブログガイド

 

六道珍皇寺の創建については、

明らかではありませんが、

平安 ・ 鎌倉時代には、

東寺に属して隆盛していましたが、

やがて衰退してしまいました。

 

その後、室町時代の

正平年間( 134 6~ 1370 )に

建仁寺の僧、「 良聡( りょうそう ) 」

によって再興され、

臨済宗に改められました。

 

薬師堂の本尊の木造薬師如来坐像

(重要文化財)を安置し、

閻魔堂には、

小野篁の作と伝わる閻魔大王像と、

等身大の小野篁像が祀られています。

 

閻魔堂

六道珍皇寺5 / 京都 ブログガイド

 

女性がのぞいているところから

閻魔大王像が見られます。

向かって右側には、

小野篁像が祀られています。

 

冥土への井戸

本堂の裏にある井戸は、

昼間は嵯峨天皇、夜は閻魔大王に仕えた

小野篁( おの の たかむら )が冥土へ

通った入口であった

という伝説が残されています。

 

六道珍皇寺7 / 京都 ブログガイド

 

のぞき窓から、

井戸が眺められます。

 

六道珍皇寺8 / 京都 ブログガイド

小野篁(おののたかむら)

 

小野篁( 802 ~ 852 )は、

嵯峨天皇に仕えた平安初期の政治家で、

文人 ・ 歌人としても知られています。

 

「 参議 」という高級官僚まで出世し、

乗馬 ・ 弓術 ・ 剣術などの武芸にも優れ、

文武両道の人物でした。

 

昼間は朝廷に出仕し、

夜は閻魔大王にに仕えるという伝説は、

「 今昔物語 」などにも語られています。

 

遣唐使制度を風刺したことで、

嵯峨天皇の怒りを買い、

島根県の隠岐へ流罪になりますが、

 

その後、 許されて帰京すると

順調に出世し、 最後には従三位という

高い位にまで登りつめました。

 

小野篁が、

隠岐に流されるときに詠んだ歌は

小倉百人一首にも採られています。

 

わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと

人には告げよ あまのつり船

 

六道珍皇寺ホームページ

所在地 : 京都府 京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町595

電話 : 075 - 561 - 4129

拝観自由




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