「六道珍皇寺 ( ろくどうちんのうじ )」は, 大椿山 ( たいちんざん ) という建仁寺の塔頭で, 地元の人には、「 六道さん 」と親しまれています。
六道とは
「 六道 」とは, 仏教の教義でいう地獄道 ( じごく ) ・ 餓鬼道 ( がき ) ・ 畜生道 ( ちくしょう ) ・ 修羅道 ( しゅら ) ・ 人道 ( 人間 ) ・ 天道の六種の冥界のこと。
六道珍皇寺がある辺りは, かつて死者を風葬地である「鳥辺野 ( とりべの )」へ送る場所で,「六道の辻」と呼ばれていました。
現在の轆轤町 ( ろくろちょう )の辺りで, この世とあの世の境と考えられていました。
六道珍皇寺 迎え鐘
毎年, 8月7日 ~ 8月10日までの4日間は, 六道珍皇寺で「六道まいり」が行われ, ご先祖の精霊を, この世へ呼び戻す「 迎え鐘 」を撞く参拝者で賑わいます。
女性が持っている綱を引き, 「 迎え鐘 」を鳴らします。
普段はこのように, すっぽり収まっています。
六道珍皇寺について
六道珍皇寺の創建については, 明らかではありませんが, 平安 ・ 鎌倉時代には, 東寺に属して隆盛していましたが, やがて衰退してしまいました。
その後, 室町時代の正平年間 ( 1346 ~ 1370 ) に建仁寺の僧,「 良聡 ( りょうそう ) 」によって六道珍皇寺が再興され, 臨済宗に改められました。
六道珍皇寺の薬師堂に本尊の木造薬師如来坐像 ( 重要文化財 ) を安置。
閻魔堂には, 小野篁の作と伝わる閻魔大王像と, 等身大の小野篁像が祀られています。
閻魔堂
女性がのぞいているところから閻魔大王像が見られます。
向かって右側には, 小野篁像が祀られています。
冥土への井戸
六道珍皇寺の本堂裏にある井戸は, 昼間は嵯峨天皇, 夜は閻魔大王に仕えた小野篁 ( おの の たかむら ) が冥土へ通った入口であったという伝説が残されています。
のぞき窓から, 井戸が眺められます。
小野篁 ( おののたかむら )
小野篁 ( 802 ~ 852 ) は、嵯峨天皇に仕えた平安初期の政治家で, 文人 ・ 歌人としても知られています。
「 参議 」という高級官僚まで出世し, 乗馬 ・ 弓術 ・ 剣術などの武芸にも優れ, 文武両道の人物でした。 昼間は朝廷に出仕し, 夜は閻魔大王にに仕えるという伝説は,「 今昔物語 」などにも語られています。
遣唐使制度を風刺したことで, 嵯峨天皇の怒りを買い, 島根県の隠岐へ流罪になりますが, その後, 許されて帰京すると順調に出世し, 最後には従三位という高い位にまで登りつめました。
小野篁が, 隠岐に流されるときに詠んだ歌は, 小倉百人一首にも採られています。
わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり船
六道珍皇寺 アクセス
・京阪電車「 清水五条駅 」4番出入口から徒歩約11分。
・京阪電車「 祇園四条駅 」1番出入口から徒歩約11分。
・阪急電車「 京都河原町駅 」1B番出入口から徒歩約14分
近くの観光スポット
近くの観光スポット
六波羅蜜寺
全盛期は寺域も広く, 平家の邸宅や鎌倉幕府の探題が置かれるなど, 源平史跡の中心でもありました。
六波羅蜜寺 ( 六道珍皇寺から徒歩約3分 )
轆轤町 ( ろくろちょう )
六道珍皇寺のすぐ南にあるのが, 「 轆轤町 」。
「 轆轤 」とは, 焼物を作るときに陶器を回す器具ですよね。 京都は清水焼があるから, 焼物関係の歴史がある町なんでは ? と思いますが, 実は全く違います。
あじき路地
築100年以上の京町屋を大家の「 安食 弘子(あじき ひろこ) 」さんが再生し, 現在はクリエーターやお店が軒を連ねます。 京都らしい雰囲気を感じながら, お店めぐりもすることができます。
あじき路地 ( 六道珍皇寺から徒歩約7分 )
近くのグルメ
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みなとや幽霊子育飴本舗
六道の辻の碑の前にあるのが,「 みなとや幽霊子育飴本舗 」
“幽霊子育飴” を販売しています。 何とも恐ろしい名前の飴(笑)
みなとや幽霊子育飴本舗 ( 六道珍皇寺から徒歩約2分 )
ラーメン藤 五条店
スープは, 豚の旨みが効いている少し脂っこさを感じる薄い醤油味。
久世橋の ラーメン藤京都本店ができて, 半世紀近く。 ラーメン屋で50年に近いのはすごいですね。 京都で長ーく受け継がれている味。
ラーメン藤 五条店 ( 六道珍皇寺から徒歩約11分 )
六道珍皇寺 まとめ
お盆の前の8月7日~8月10日に行われる六道珍皇寺の「六道まいり」は, “迎えの鐘” でご先祖様をこの世に呼び戻す京都独特の風習です。
平安京の時代には, 六道珍皇寺のある場所が, あの世とこの世の境目だと考えられてきたことからこのような慣わしが行われるようになったのでしょう。
そして, 昼間は天皇, 夜は閻魔様に仕えていたという「 小野篁 ( おののたかむら ) 」という人も興味深いですね。
文武両道の人物で,「 今昔物語 」などにも語られています。
その閻魔様に仕えていたという小野篁の横に, 源氏物語を執筆した紫式部のお墓があるのはあまり知られていません。
京都 神社仏閣 関連リンク
所在地 | 京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町 595 上ル下ル西入東入について |
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電話 | 075 - 561 - 4129 六道珍皇寺ホームページ |
※ 拝観時間 ・ 拝観料等は変更されることがありますので, 寺院にご確認ください。 万が一, 間違っていたとしても, 責任は負いかねます。 予めご了承ください。
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