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京都【護王神社】亥子祭 11/1 平安時代の宮中行事が由来

亥子祭 護王神社 / 京都観光旅行ガイド
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目次

亥子祭 護王神社

「護王神社( ごおうじんじゃ)」は御所の蛤御門の南西、烏丸下長者町にあります。

平安京遷都に深くかかわった和気清麻呂(わけのきよまろ)を祀っています。

平安時代に宮中で行われていた年中行事に由来するのが「亥子祭 (いのこさい)」。

亥の月(旧暦10月)の亥の日、亥の刻に餅を食べると病にかからないという中国の民間信仰を起源にしています。

2025年11月1日
時間17:00~
拝観料参列・拝観は無料
禁裏御玄猪調貢ノ儀の御所への行列参加は1000円以上の御志納で当日受付
特別拝観席(行列参加含む)は3000円以上の御志納で事前申込
連絡先075-441-5458 護王神社
スカイネット株式会社 カニ

護王神社について

祭神の和気清麻呂が悩んでいた足の弱りが猪の助けで治ったという故事により、護王神社は「イノシシの神社」、足腰の病気やけがの回復にご利益があることで知られています。

和気清麻呂

和気清麻呂は奈良時代末期から平安時代初期にかけての貴族。

天平5年( 733 )現在の岡山県和気町で生まれ、桓武天皇の側近としても仕えていました。

桓武天皇は都を奈良の平城京から長岡京へ遷都 ( 現在の京都府長岡京市 ) します。

しかし、洪水や祟りの恐怖からあまりうまく事が運ばず、和気清麻呂は現在の 京都へ再び遷都することを進言します。

桓武天皇はこの案を採用し、以来平安京が1000年以上続いていくことに。

もちろん和気清麻呂は平安京の造営に深くかかわり、その基礎を築きました。

この時、和気清麻呂が平安京遷都を進言せず、長岡京が続いていたら今の京都はなかったかもしれません。

さらに詳しく和気清麻呂と護王神社は下記を参照してください。

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護王神社 アクセス

護王神社の地図

・地下鉄「丸太町駅」2番出入口から北へ徒歩約7分。
・市バス51系統「烏丸下長者町」バス停下車すぐ。

護王神社 近くの観光スポット

近くの観光スポット

京都御所

烏丸通を挟んだ護王神社の前にあるのが「京都御所」。 春は梅や桜、秋には紅葉で彩られる京都市民の憩いの場。

私たちも御所といっているけど、本当は京都御苑といいます。京都御所は歴代天皇が住んでいた場所。京都御苑の中にあるのが「京都御所」。でも、京都市民で「京都御苑」なんていう人は一人もいません。みんな単に「御所」って言ってます(^^)

京都御所は北は今出川通、南は丸太町通、東は寺町通、西は烏丸通に囲まれ、南北約1,300m、東西が約700mの広大な敷地。その中にテニスコートやグラウンド、松や梅、桜、楓など約5万本の樹木。多くの野鳥も生息していて、御所では「オオタカ」の生息も確認されています。

蛤御門

護王神社から徒歩約1分にあるのが「蛤御門」。ここで幕末に京都政界から追放された長州藩が措置不当を訴えるために軍を率いて上洛し、御所の蛤御門で、警備する会津藩・薩摩藩などと武力衝突しました。

蛤御門 鉄砲跡 / 京都 ブログ ガイド

今でも実際に門柱の木の部分には、鉄砲の弾が当たった跡が残されています。

近衛邸跡の桜

護王神社から徒歩約8分にあるのが「近衛邸跡」。

京都御所の北東辺り。春には種類の違う枝垂桜や染井吉野があるから、長い期間桜を楽しむことができます。

猿が辻

護王神社から徒歩約9分にあるのが「猿が辻」。

京都御所の北東角は「猿が辻」と呼ばれています。そこに鎮座しているのはお猿さん。ある重要な役目があるんです。そして、角もちょっと変。

母と子の森

護王神社から徒歩約13分にあるのが「母と子の森」。

京都の紅葉は見たいけど「人が多いところはイヤだな」 という方にオススメなのが、御所にある「母と子の森」。毎年必ず、京都 紅葉の時期には行っているけど、ほとんど観光客はいません。晩秋の黄昏時に訪れると、人が少ない分、物悲しい雰囲気があります。

菅原院天満宮神社

護王神社から徒歩約2分にあるのが「菅原院天満宮神社」。

菅原院天満宮神社は京都御所のすぐ西、烏丸通下立売下ルにあります。この地に菅原家の邸宅があり、菅原道真の生まれた場所と言われています。※諸説あり

門をくぐって右へ進むと「菅公御産湯の井」 があります。毎日飲んでいたら、頭がよくなりそうですね(笑)

京都 名水 「新 滋野井」

護王神社から徒歩約7分にあるのが「新 滋野井」。

枯れてしまったかつての京都 名水 滋野井があったといわれる付近にある麩嘉(ふうか お麩の店)のご主人が良質で豊富な水脈を掘り当て、これを「新 滋野井」と命名。今では誰でも飲める京の名水として親しまれています。

京都 桑原町

護王神社から徒歩約12分、京都地方裁判所の北側にあるのが、めっちゃ不思議な町『京都 桑原町』。

裁判所の一部と道路だけ。建物などは一切なし。何のためにあるのか????だらけ。実は、この不思議な町が存在しているのには、今は学問の神様として知られている菅原道真(すがわらのみちざね)が関係しています。

梨木神社

護王神社から徒歩約12分にあるのが「梨木神社」。

京都御所の清和院御門のそば。梨木神社は萩の名所として知られ、9月~10月には萩が境内のそこかしこで可憐で控えめな花を咲かせています。また、境内にある「染井」は京の三名水の一つで、現存する唯一の三名水として知られています。

廬山寺

護王神社から徒歩約13分にあるのが「廬山寺」。

現在の廬山寺のあるところは紫式部の曽祖父の中納言 藤原兼輔の広い邸宅でした。紫式部はこの邸宅で、藤原宣孝との結婚生活を送り、一人娘の賢子(かたこ) を育て、源氏物語を執筆しました。

下御霊神社

護王神社から徒歩約16分にある下御霊神社のご利益は「疫病退散」。応仁の乱勃発の地でもある 御霊神社(上御霊神社)の南にあったから、下御霊神社と呼ばれていました。

江戸時代の明和七年(1770)の秋、京都は干ばつに見舞われました。その時当時の下御霊神社 神主の出雲路定直が夢のお告げで境内の一か所を掘らせたところ、なんと、清らかな水が湧き出て、万人を救うことができました。そして、その水は「感応水」と名付けられたそう。 

残念ながら現在はその井戸の痕跡はないけど、同じ水脈からくみ上げた水を改めて「御霊水」と名付け、誰もが自由に飲めるようになっています。

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