くわばらくわばら 由来は, 菅原道真と京都 桑原町にあり ! !

くわばらくわばら 京都 桑原町 / 京都 ブログ ガイド

くわばらくわばら 菅原道真が関係しています。

 

「 くわばらくわばら 」

災難や禍事などが自分の身にふりかからないように唱える ” おまじない ” が「くわばらくわばら」。

私は実生活で「くわばらくわばら」を使ったことはないけど (^^)  時代劇やドラマのワンシーンなどで見たことがありますよね。 元々は, 雷が落ちるのを防ぐために, 口ずさんでいたものでした。

「くわばらくわばら」の由来となったのが京都御所の前にある不思議な場所。 そして, 学問の神様 菅原道真 ( すがわらのみちざね ) が関係しています。

くわばらくわばら 場所 この町必要あるの ?

※京都御所と京都地方裁判所との間にあるのが「 桑原町 」。 京都地方裁判所の一部と京都御所の前を東西に走る丸太町通の道路上が桑原町の範囲 ( MAPのオレンジ色の範囲 ) 。

メチャメチャ不自然 ! ! 町の範囲も狭く, 家も何も建ってないし。 別にここに町が無くてもエエんちゃうん ! って思ってしまいます。

実はここ, 平安時代には, ある人の邸宅があったところなんです。

※ 正式には京都御苑。 京都御苑の中にあって, 天皇が住んでいたところが「 御所 」。 でも日常生活で京都市民が京都御苑などということは皆無なので, ここでも以下, 京都御所とします。

くわばらくわばら 祟りじゃ ! !

北野天満宮 終い天神 2019 / 京都 ブログ ガイド

北野天満宮

学問の神様といえば, 菅原道真。 道真が祀られている 北野天満宮 には, 年中多くの受験生や親御さんがお詣りに訪れています。 修学旅行の定番スポットですね (^^)

道真は, 博多の太宰府に左遷され, 2年後にそこで失意のうちに亡くなってしまいました。

すると, 道真の死後に, 京の都では度々落雷の被害が出たそう。 延長8年 ( 930 ) に, 平安京の内裏にある清涼殿にも雷が落ちて, 多くの死傷者が出てしまいました。

平安京とは どんな都だったのか?

当時の人々は, 口々に無実の罪で左遷され亡くなってしまった「 道真の祟りや ! 」と恐れおののきました。

しかし, 不思議と落雷の被害を受けていない場所が ? ! そうなんです ! 現在の桑原町の辺りは全く大丈夫。 実はここには, 菅原道真の屋敷があったんです ! !

道真の祟りを恐れていた京の人々は, 被害を免れている桑原町にあやかって, 落雷を避けるために, 「くわばらくわばら」 と唱えたんだそう。

くわばらくわばら もう一つの由来 雷神の誓い

ある時, たまたま雷神が農家の井戸に落ちてしまい, 農夫にふたをされて出られなくなってしまったときに, 「 自分は桑の木が嫌いだから, 桑原と唱えたなら二度と落ちない ! 」 と農夫に誓ったという「くわばらくわばら」伝説もあり。

くわばらくわばら なんで菅原道真が左遷に ?

ここからは, なんで菅原道真が太宰府に左遷されてしまったのか ? ということを少し詳しく。

時は平安時代。 桓武天皇が平安京へ遷都 ( 794年 ) してから, だいたい100年くらいの頃。 学者の家系に生まれた道真は小さいころから頭がよく, 詩や歌も得意だったそう。

朝廷で, 順調に出世していき, 時の宇多天皇の厚い信頼を得て, 家格を超えた要職にも就くようになりました。 そして, 宇多天皇の次の醍醐天皇のときに右大臣にまで昇進。 ただ, 当時の家柄を無視 & 急速な出世が, 道真への不満や嫉妬にも繋がってしまいました。

現代でもありますよね。 時の権力者に認められて大抜擢されるけど, 周りから妬みや恨みを受けてしまうってこと。 道真もそれ。

無実の罪

身分を超えて要職に就くようになった菅原道真。 この当時, 皇室の一族でもある藤原氏が朝廷内で権勢を振るっていたけど, それに不満を抱いていた宇多天皇は, 藤原氏を抑える意味でも道真を重用したよう。

宇多天皇が, 醍醐天皇へ譲位した後でも, 道真は昇進を続け, 昌泰2年 ( 899 ), 右大臣に昇進して, 左大臣の藤原時平 ( ふじわらのときひら ) と肩を並べるまでになりました。

道真の身分を超えた ( 家格を超えた ) 昇進により, 強力なライバルへと成長してきた道真に大きな危機感を持っていた時平は, ある噂を流します。

それは,

道真が, 醍醐天皇を退位させて, 自分を取り立ててくれた宇多天皇の第三皇子の斉世親王 ( ときよしんのう ) を新しい天皇にしようと企てている ! というものでした。

この噂が真実味を帯びているのは, 道真は斉世親王の元へ自分の娘を嫁がせていたので, 娘婿を天皇にすることで, 自分の権力基盤を絶対的なものにしようとしている。 という印象を与えていること。

この噂を醍醐天皇に讒言 ( 誰が讒言したかについては諸説あり ) され, 道真は罪に問われて, 九州の大宰府へ左遷されてしまいました。

無実の罪で左遷される道真は, さぞ悔しかったことでしょう。

そして, 大宰府への左遷から2年後の延喜3年 ( 903 ) 2月25日に, 失意のうちに大宰府で亡くなりました。 享年59。

飛梅伝説

北野天満宮 梅花祭 2020 / 京都 ブログ ガイド

北野天満宮の本殿から見て右側にある梅の木が, 「 飛梅 」。 菅原道真が, こよなく愛していたのが梅。

都から左遷される菅原道真が, 梅の木を見ながら詠んだ歌。

東風 ( こち ) 吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

すると ・ ・ ・ ・ , 梅の木が, 大宰府へ飛んでいき, 根付いた。 といわれる伝説。 北野天満宮と梅の由来です。

だから, 北野天満宮には梅林があって, 神社の紋章も「 梅 」。

くわばらくわばら 菅原道真の祟りじゃ ! !

最大のライバル 菅原道真が居なくなって, 藤原時平とその一門は, ホッと一息。 これからは藤原氏の思うがままって思っていました。 ところが, そうはいきませんでした。 人間なら対処できるだろうけど, 怨霊では ・ ・ ・ ・ 。

道真の死後, 京の都では災害や雷の被害が相次いだり, 道真を失脚させた関係者が次々に亡くなりました。

延喜9年 ( 909 ) には, 藤原時平自身が39歳の若さでで病死。 延長8年 ( 930 ) には, 平安京の内裏にある清涼殿が落雷を受けて, 多くの死傷者が出た上に, 3ヶ月後に醍醐天皇も崩御。

都の人々は, 道真の祟りだと恐れおののき, 天暦元年 ( 947 ) 菅原道真の魂を鎮めるために, 北野の地に神様として祀ることになりました。 それが, 今の「 北野天満宮 」

菅原道真は, 元々は神様ではなく, 怨霊だったんです ! !

京都 桑原町 アクセス

くわばらくわばら 京都 桑原町 / 京都 ブログ ガイド

画像左側 京都御所側の市バス「 裁判所前 」バス停の反対車線辺りが『 桑原町 』。 めっちゃ不自然 ! !

地下鉄「 丸太町駅 」から徒歩約3分。 京都市バス「 裁判所前 」バス停すぐ。

近くの観光スポット

京都御所

京都御所 くわばらくわばら / 京都 ブログ ガイド

桑原町のすぐ北にあるのが, 「 京都御所 」。 私たちも京都御所といっているけど, 本当は ” 京都御苑 ” といいます。 京都御所は歴代天皇が住んでいた場所。 京都御苑の中にあるのが「 京都御所 」

でも, 京都市民で「 京都御苑 」なんていう人は一人もいませんが ・ ・ ・ ・ 。 みんな「 御所 」って言ってます (^^)

春は梅や桜, 秋には紅葉で彩られる京都市民の憩いの場。

京都御所は, 北は今出川通, 南は丸太町通, 東は寺町通, 西は烏丸通に囲まれ, 南北約1,300m, 東西が約700mの広大な敷地。

その中に, テニスコートやグラウンド, 松や梅, 桜, 楓など約5万本の樹木。 多くの野鳥も生息していて, 京都御所では「 オオタカ 」の生息も確認されています。

京都御苑ホームページ

下御霊神社

桑原町から徒歩約5分にある下御霊神社のご利益は, 「 疫病退散 」。 応仁の乱 勃発の地でもある 御霊神社 ( 上御霊神社 ) の南にあったから, 下御霊神社と呼ばれていました。

江戸時代の明和七年 ( 1770 ) の秋, 京都は干ばつに見舞われました。 その時当時の下御霊神社 神主の出雲路定直が, 夢のお告げで境内の一か所を掘らせたところ, なんと, 清らかな水が湧き出て, 万人を救うことができました。 そして, その水は,「感応水」と名付けられたそう。 

残念ながら現在はその井戸の痕跡はないけど, 同じ水脈からくみ上げた水を改めて「 御霊水 」と名付け, 自由に飲めるようになっています。

京都 名水 めぐり

菅原院天満宮神社

桑原町から徒歩約8分にある菅原院天満宮神社は, 京都御所のすぐ西, 烏丸通下立売下ルにあります。 この地に菅原家の邸宅があり, 菅原道真の生まれた場所と言われています。※諸説あり

門をくぐって右へ進むと「 菅公御産湯の井 」 があります。 毎日飲んでいたら, 頭がよくなりそうですね (笑)

京都 名水 めぐり

護王神社

京都御所の蛤御門の南西, 烏丸下長者町にあります。 ” いのしし ” の神社として有名。

また, 祭神の和気清麻呂 ( わけのきよまろ ) は京都遷都に深くかかわっています。

平安京とは どんな都だったのか?

護王神社 ( 桑原町から徒歩約12分 )

梨木神社

桑原町から徒歩約8分, 京都御所の清和院御門のそばにあるのが, 梨木神社。  ” 萩 ” の名所として知られ, 9月 ~ 10月には, 萩が境内のそこかしこで可憐で控えめな花を咲かせています。

また, 境内にある「 染井 」は, 京の三名水の一つで, 現存する唯一の三名水として知られています。

京都 名水 めぐり

蛤御門

蛤御門 / 京都 ブログ ガイド

京都御所の北西にある門。 ここで幕末に京都政界から追放された長州藩が措置不当を訴えるために軍を率いて上洛し, 御所の蛤御門で, 警備する会津藩 ・ 薩摩藩などと武力衝突しました。

蛤御門 鉄砲跡 / 京都 ブログ ガイド

今でも実際に門柱の木の部分には, 鉄砲の弾が当たった跡が残されています。 めっちゃ生々しい !

ところで, この頃の薩摩藩と長州藩は「 犬猿の仲 」で, 明治維新へと舵が切られた薩長同盟はこの「 蛤御門の変 」後の出来事。

くわばらくわばら まとめ

北野天満宮 梅

今まで「くわばらくわばら」って「 怖い, 怖い 」っていう意味だと思っていた (^^)

京都市に聞いた訳じゃないけど, やっぱり, ” 菅原道真の祟り ” が関係してるんかなー。 だって, 普通あんな誰も住んでいない町, 存在する意味がないもんなー。

京都には, 不思議な町がありますね。 「くわばらくわばら」の由来でした (^^)

京都府 京都市 中京区 桑原町

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