首途八幡宮 源義経、奥州旅立ちの地。

首途(かどで)八幡宮3 / 京都 ブログガイド

 

首途八幡宮

 

首途( かどで )八幡宮は、

宇佐神宮 から八幡大神を

勧請したのが始まりと伝えられています。

※ 大分県宇佐市にある 八幡宮の総本宮

 

首途八幡宮1 / 京都 ブログガイド

 

祭神は、

誉田別尊( ほむたわけのみこと )、

比咩大神( ひめおおかみ )、

息長帯姫命( おきながたらしひめのみこと )

 

元の名を「 内野八幡宮 」といい

平安京の大内裏の北東に位置したため

王城鎮護の神とされました。

 

首途(かどで)八幡宮2 / 京都 ブログガイド

 

源義経、奥州旅立ちの地。

 

源義経が奥州平泉へ

旅立ったのは、 16歳の時でした。

 

かつてこの地には、

奥州で産出された金を

京都で商いしていた

金売吉次( かねうりきちじ )の屋敷が

あったと伝えられ、

 

源義経( 牛若丸 )は

奥州平泉に赴く際に

この吉次の助けを借りて

ここで道中の安全を祈願して

出発したといわれています。

 

このことから

首途八幡宮と呼ばれるようになりました。

 

首途(かどで)八幡宮4 / 京都 ブログガイド

 

「 首途 」は 「 出発 」を意味しているので

特に、 旅たち、 旅行の安全の神様として

信仰を集めています。

 

牛若丸 ( 源義経 )

 

源義朝の九男として生まれ、 母は常盤御前。

 

父義朝が、

平治元年( 1159 )の ※平治の乱で亡くなってしまったため、

牛若丸は、 母と共に大和国( 現在の奈良県 )へ難を逃れ、

後に母 常盤御前は公家の一条長成と再嫁し、

牛若丸は11歳の時に鞍馬寺へ預けられます。

※ 藤原信西と平清盛を中心とした政治を覆すために、藤原信頼と源義朝がクーデターを起こすが失敗した。

 

牛若丸は、 鞍馬寺 で武芸・武略を磨き、

やがて僧になることを拒否して鞍馬寺を出奔します。

 

その後、 金売吉次の助けを借りて、

奥州藤原氏の藤原秀衡を頼って平泉に旅立っていきました。

 

秀衡の舅で政治顧問であった藤原基成は、

母 常盤御前の再婚相手の一条長成の従兄弟の子だったため、

そのつてをたどっていったのかもしれません。

 

首途八幡宮ホームページ

所在地 : 京都府 京都市 上京区 智恵光院通今出川上ル 桜井町 102 - 1

電話 : 075 - 431 - 0977




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