大将軍神社 平安京 北方の守護神。

大将軍神社 / 京都 ブログ ガイド

大将軍神社

 

「 大将軍神社 (たいしょうぐんじんじゃ) 」

正伝寺 からの帰り道。

ふと横の通りをみると、 遠くに鎮守の森らしき緑が。  早速、 自転車を走らせました。

そこにあったのが、 なんとも勇ましい名前が印象的な「大将軍神社」

洛北 西賀茂の地に鎮座しています。




平安京 北方の守護神。

桓武天皇が平安京へ遷都した際、 都の四方に「大将軍神社」 を祀る計画になり、 ” 北方の守護神 ” とされたと伝えられています。

四神相応( しじんそうおう )

京都の地が都に選ばれたのは、 中国から伝わった ※ 風水の「 四神相応 」という考え方。

※ 物の位置で気の流れを制御する思想

東西南北に神が存在すると、 繁栄するといわれています。

北は玄武( げんぶ )、 東は青竜( せいりゅう )、 南は朱雀( すざく )、 西は白虎( びゃっこ )。

京都は、 この考え方で行くと地理的にぴったりの場所で、 北に船岡山、 南に巨椋池 ( 現在はありません )、 東に鴨川、 西に山陰道。

結果、 1000年以上、 京都に都が置かれました。

平安京の守護 4つの ” 大将軍神社 “

「 四神相応 」で、 葛野 ( かどの ) の地 ( 現在の京都 ) を都にしたのと同時に、 平安京守護のため大内裏の東西南北に “大将軍神社” が置かれました。

北は、 今回紹介している大将軍神社 ( 今宮神社境内の大将軍社とも )、 南は、 藤森神社境内の大将軍社、 東は、 三条通花見小路東入ルにある大将軍神社 ( 東三条大将軍社 )、 西は、 大将軍八神社。

ちなみに、「 大将軍八神社 」の面している商店街 ( 一条通 ) は、「 大将軍商店街 ( 妖怪ストリート ) 」と呼ばれ、

近くの西大路仁和寺街道の交差点名は、「 大将軍 」。周りの町名は、 大将軍□○町です。

めちゃめちゃかっこいい地名 !

平安京の鬼門守護

平安時代に重要視された ” 陰陽道 ” の考えから、 北東 ( 鬼門 ) は鬼などの邪気が出入りする方角として忌み嫌われていました。

そこで、 東西南北に ” 大将軍神社 ” を配するだけではなく、 北東の鬼門封じの役割もあったのが、「 幸神社 ( さいのかみのやしろ ) 」、 「 赤山禅院 ( せきさんぜんいん ) 」、 そして 「 比叡山延暦寺 」。 平安京の大極殿から見て、 北東へ伸びる線上に配されています ( 下図 ) 。

あらゆることを実行して、 平安京の繁栄を願ったんですね。

ちなみに、 陰陽道では北東 ( 鬼門 ) と反対の南西 ( 裏鬼門 ) も同じように嫌われるので、 裏鬼門の守護は、 「 石清水八幡宮 」です。

大将軍神社 について

西賀茂の産土神。

賀茂川の西にある大将軍神社は、 西賀茂の ※ 産土神 ( うぶすながみ ) 。

※ 生まれた土地の守護神。 生まれる前から死んだ後まで守護する神とされており、 他所に移住しても一生を通じ守護してくれると信じられている。 ( Wikipedia )

主祭神は、※ 磐長姫命 ( いわながひめのみこと ) 。

※ 日本神話に登場する女神。

大将軍神社は、 推古天皇の頃 ( 約千三百年前 ) に西賀茂の地にあった瓦を造るところで働いていた人々の守り神とされたのが、 始まりと伝えられています。

大将軍神社 本殿

大将軍神社 / 京都 ブログ ガイド

立砂 ( たてずな ) も、 賀茂別雷 ( かもわけいかずち ) 神社 ( 上賀茂神社 ) と同じ。

現在の本殿は、 天正十九年 ( 1591 ) に造営された 賀茂別雷 ( かもわけいかずち ) 神社 ( 上賀茂神社 )  摂社の片岡神社本殿を移築したもの。

また、 釣燈籠の一つにも、「 賀茂片岡社御金燈籠 天正拾九年六月□○ 」の刻印が確認され、 釣燈籠も片岡神社から譲り受けたことがわかります。

大将軍神社 / 京都 ブログ ガイド

本殿は、建物で覆われています。貴重な遺構なので、この方が保存にはいいかも。

建物は、 ※ 一間社流造 ( Wikipedia )で、 装飾品がほとんどなく、 賀茂社系統の本殿の特色を良く残しています。

※屋根が反り、屋根が前に曲線形に長く伸びて向拝(こうはい、庇)となったもの。 ( Wikipedia )

一部に後から修理した個所がありますが、 現存する賀茂別雷神社 ( 上賀茂神社 )、 賀茂御祖 ( みおや ) 神社 ( 下鴨神社 ) 社殿の中で最も古いものと考えられています。

昭和五十九年六月一日に、 京都市指定有形文化財に指定。

鎮守の森

大将軍神社 / 京都 ブログ ガイド

神社の周りは住宅街。境内は、緑の木々が生い茂っています。

そして、 大将軍神社を取り巻く木々を含めて、 まさに ” 鎮守の森 ” としての景観をよくとどめていて、 昭和六十年六月一日に、 京都市文化財環境保全地区に指定されました。

世代受け継ぎの木

世代受け継ぎの木 / 京都 ブログ ガイド

大将軍神社の境内に、 朱色の玉垣で囲まれた場所が3か所あります。

そこには、 樹齢数百年の大木が倒れた後の根元から育った木が。

世代受け継ぎの木 / 京都 ブログ ガイド

この状態は、 ” 実生 ( みしょう ) の木 ” と呼ばれ、 親の養分を受けて成長することをあらわしています。

まさに、 ” 世代受け継ぎの木 ” 。

産土神 ・ 氏神 ・ 鎮守神の違いは ?

氏神と鎮守神は聞いたことがありましたが、 ” 産土神 ” を聞いたのは初めてでした。

産土神を調べていくうちに、 氏神 ・ 鎮守神も出てくることに。 違いがはっきりわからなかったので、 まとめてみました。

氏神

本来氏神は漢字の通り、 氏名 ( うじな ) の神をあらわし、 その一族のみが信仰する神でした。

中世以降は、 祭に参加する氏神の周辺に住む人も氏子と呼ばれるようになり、 産土神と区別されなくなってきました。ちなみに、 源氏の氏神は、 八幡神。

鎮守神

鎮守神 ( ちんじゅがみ ) とは特定の土地、 建物をお守りされる神。

現在では、 産土神 ・ 氏神と同一視されることも。

よく会社やビルの屋上などに、 神様が祀られているのを目にする機会もあります。 また、「 鎮守の森 」 という表現もよく使われます。

生涯を通じて同じ土地に住むことが多かった昔は、 ほとんどの場合、 産土神と鎮守神は同じ神様。

ただし、 現在は転居する場合が多いため、 産土神と鎮守神が異なる場合も多くなりました。

( Wikipedia )

アクセス

京都市営バス「神光院前」バス停下車徒歩約8分

ちょっと、 寄り道

正伝寺 デビッド・ボウイが涙した庭。

大将軍神社 まとめ

京都の洛北 賀茂川の西にあり、周りを住宅に囲まれているけど、少し行くと京都市内とは思えないのどかな風景が広がります。

大将軍神社は、そんなに大きくないけど、平安京ができる前から西賀茂の地を守ってきた守護神。

平安京以降は、都の北の守護神でもありました。



所在地 : 京都府 京都市 北区 西賀茂角社町 129

上ル 下ル 西入 東入 について




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