火除天満宮 ビルと共に佇む天神さん

火除天満宮1 / 京都ブログガイド

火除天満宮

 

火除天満宮は、

寺町通四条下ルの 繁華街にあります。

 

よくこんな形で、

ビルを建てたものだと 感心します。

 

ビルと共に佇む天神さん

 

火除天満宮2 / 京都ブログガイド

 

外側から見ると

わかりにくいですが、

ビルと壁の間に

参道が設けられています。

 

火除天満宮3 / 京都ブログガイド

 

狭いスペースながら

ちゃんと鳥居もあります。

 

火除天満宮4 / 京都ブログガイド

 

ビルの1階部分を

約1M ほどくりぬく形で

本殿までの参道が 続いています。

 

火除天満宮5 / 京都ブログガイド

 

火除天満宮の ” 御神水 ” です。

飲んでみましたが、 美味しかったです。

こんな街中にあると、 ありがたいですね。

 

錦天満宮 にも

「 錦の水 」がありますが、

水源が 一緒かどうかは判りません。

 

やはり、 この辺りは、

地下水が豊富なんでしょう。

 

火除天満宮6 / 京都ブログガイド

 

水質検査もしているので

安心です。

 

火除天満宮7 / 京都ブログガイド

 

限られたスペースで

上手な雰囲気づくりをされています。

 

火除天満宮8 / 京都ブログガイド

 

天満宮なので

ちゃんと牛が鎮座。

 

火除天満宮9 / 京都ブログガイド

 

火除天満宮は、

天正七年( 1579 )、

九州での兵乱を避けるため、

筑紫国( 現在の福岡県 ) の大宰府から

一人の年老いた神官が、

菅原道真の像を持って

京都へやってきました。

 

そして

六条通周辺に

その像を祀ったのが始まりです。

 

天正十五年( 1587 )、

烏丸二条の地に

※ 大雲院が創建される際に、

鎮守社として迎えられ、

 

その後、

慶長二年( 1597 )に

現在地に創建されました。

※ 織田信長の子 信忠の菩提を弔うために創建される。大雲院という寺院名は、信忠の法名からつけられた。

 

元治元年( 1864 )の

※ 蛤御門の変では、

この一帯だけが、

奇跡的にに 類焼を免れたそうです。

※ 前年に京都政界から失脚した長州藩が、 勢力回復のために軍隊を率いて上洛し、 御所の蛤御門辺りで、 会津藩、 薩摩藩などと武力衝突した事件。 禁門の変ともいう。

 

これ以降も

しばしば火災の危機から

救われたそうで、

 

学問の神様であると同時に

火除の神様として

多くの人々の信仰を集めています。

 

所在地 :  京都市 下京区 寺町通四条下る 貞安前之町 613

阪急河原町駅下車 すぐ




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